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第80話

「きゃーん、カッコイイ~!」 「アゲハ王子ぃ~!!」 黄色い声援が飛び交い、アゲハが声のする方へと顔を向ける。それに応えるように笑顔を振り撒き、手を振りながら。 その姿はまるで……闇夜を煌びやかな光で照らす、美しい黒蝶。 「……」 感情が、麻痺していく。 余りに惨めで、涙が滲んで溢れるのに……乾いた笑いが込み上げて、肩が震える。 「……ふ、」 最初から、違っていたんだ。 例え、同じ闇の世界に足を踏み入れたとしても……アゲハの周りだけは光が宿り、眩い程に輝く麗しい世界へと変わる── 「ふっ、……はは……」 ……なんだ。 たった、それだけの事だったんだ。 美しい羽根のある蝶は、自分の意思で優雅に夜空を舞い飛う。 風に吹かれ、流されるだけの桜の花片は、その一瞬の儚い輝きはあれど……人々の足元に舞い散り、踏みつけられて、ただ汚されていくだけ…… ──最初から僕は、アゲハに近付く事も、敵う筈も無かったんだ。 「……立てるか?」 頭上から声がして、顔を上げる。 と、そこには黒スーツ姿の男性が、冷たいガラス玉のような眼で僕を見下ろしていた。 「……」 ──竜一。 いつからそこに居たんだろう…… 考える暇もなく、スッと差し出される手のひら。 瞬きもせず、怖ず怖ずとその上に手のひらを乗せれば、僕の手首をしっかりと掴み、力強く僕を引っ張り上げてくれる。 合わせた手と手──ただそれだけで、泥の中から掬い上げられたような気がした。 「アゲハは好きか?」 愛想を振り撒くアゲハの姿を捕らえながら、竜一が呟く。 足元がふらつき、身体を支えられず膝から崩れ落ちてしまう。と、握り締めた手を強く引き寄せられ、もう片方の腕が僕の脇に差し込まれる。 「……っ、」 必然的に、竜一の腕の中に収められる身体。 重なり合う、心音と心音。 トクン、トクン、トクン…… ずっと守りたいと思っていた温もりが、直ぐそこにあり……どうしようもなく、心が震えてしまう…… 「……俺は、アゲハが嫌いだ」 僕の背中に手のひらを置いた竜一が、ぼそりと耳元で囁く。 ……え…… 一瞬、耳を疑う。 ……どうして。 だって竜一は、アゲハが好きなんじゃ…… 顔を上げると、ガラス玉のような眼が、静かに真っ直ぐ僕を見下ろしていた。 その瞳の奥に宿るのは、優しげな色。 「……」 瞬きもせず見つめていれば──竜一の唇が舞い降り、汚れてしまった僕の唇を優しく塞ぐ。 ざわざわ、ざわざわ…… 美しいアゲハのいる、この人集りの中で── 【Series1 end】 ※Series2『鎖』へと続きます…

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