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第27話
無意識に、音のする方へと視線を向ければ──
『……山本、お前……』
目を見開き、顔を強ばらせるアゲハが。
まるで、得体の知れない生物と遭遇してしまったかのように、その場に立ち竦んで微動だにしない。
『いいだろ、……別によ』
悪びれる様子もなく、まだ果てていないモノを僕のナカから引き抜く。
その様子を、呆然と眺めるアゲハ。竜一を咎める事も、僕を庇う事もなく──いつものように、境界線の向こう側にある安全地帯に、ただ突っ立っているだけ。
『……じゃあ、またな』
簡単に身成を整えた竜一が、口の片端を持ち上げ不器用に笑う。
これまでの事を詫びるかの如く、片手を付いて僕の顔を覗き込み、サラッと柔らかく僕の前髪を掻き上げる。
『……』
背を向けた竜一が、アゲハの横を通り過ぎていく。
それでもアゲハは──微動だにせず、ただ呆然とその場に立ち尽くすだけ……
「つまり……その『りゅういち』って野郎とお前の兄貴のいざこざに、ただ巻き込まれたって事か?」
「……うん」
静かに答えれば、両肘を付き上体を擡げたハイジが、険しい眼付きで僕の顔を覗き込む。
「なんで、抵抗しなかったんだよっ!」
「……」
なんで、……って。
「………だって、見たかったんだもん」
「何をだよ」
「アゲハの、傷ついた顔」
「──ハァ?!」
予想外の返答だったんだろう。荒げたハイジの声が裏返る。
「まさかお前、それだけの為に──」
「……うん。性悪だよね、僕」
抵抗せずにいたのは……いつ帰ってくるか解らないアゲハの登場を、待ち侘びていただけ。
友人が、実の弟とまぐわっている場面に出くわした時、一体どんな顔をするんだろう──あの汚れのない爽やかな笑顔を、一瞬でもいいから壊してやりたいと、密かに願っていたから。
「………いや、違うだろ」
苦しそうに、ハイジが眉根を寄せる。
「どうにも逃げらんねぇ状況で、これ以上自分を貶めない為の──意地だろ?」
「……ッ!」
真っ直ぐ、僕を射抜くように見つめる熱い双眸。
「……」
……違うよ、ハイジ。
僕は本当に、根性が捩じ曲がった嫌な奴なんだよ。
こんなに僕の事を思って、僕だけを見てくれるハイジが傍にいるのに……心の奥底では、あの人の温もりを追い掛けてしまう。
もう一度会いたいと、願ってしまう。
だって、山本竜一は──僕の初恋の人だから。
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