27 / 80

第27話

無意識に、音のする方へと視線を向ければ── 『……山本、お前……』 目を見開き、顔を強ばらせるアゲハが。 まるで、得体の知れない生物と遭遇してしまったかのように、その場に立ち竦んで微動だにしない。 『いいだろ、……別によ』 悪びれる様子もなく、まだ果てていないモノを僕のナカから引き抜く。 その様子を、呆然と眺めるアゲハ。竜一を咎める事も、僕を庇う事もなく──いつものように、境界線の向こう側にある安全地帯に、ただ突っ立っているだけ。 『……じゃあ、またな』 簡単に身成を整えた竜一が、口の片端を持ち上げ不器用に笑う。 これまでの事を詫びるかの如く、片手を付いて僕の顔を覗き込み、サラッと柔らかく僕の前髪を掻き上げる。 『……』 背を向けた竜一が、アゲハの横を通り過ぎていく。 それでもアゲハは──微動だにせず、ただ呆然とその場に立ち尽くすだけ…… 「つまり……その『りゅういち』って野郎とお前の兄貴のいざこざに、ただ巻き込まれたって事か?」 「……うん」 静かに答えれば、両肘を付き上体を擡げたハイジが、険しい眼付きで僕の顔を覗き込む。 「なんで、抵抗しなかったんだよっ!」 「……」 なんで、……って。 「………だって、見たかったんだもん」 「何をだよ」 「アゲハの、傷ついた顔」 「──ハァ?!」 予想外の返答だったんだろう。荒げたハイジの声が裏返る。 「まさかお前、それだけの為に──」 「……うん。性悪だよね、僕」 抵抗せずにいたのは……いつ帰ってくるか解らないアゲハの登場を、待ち侘びていただけ。 友人が、実の弟とまぐわっている場面に出くわした時、一体どんな顔をするんだろう──あの汚れのない爽やかな笑顔を、一瞬でもいいから壊してやりたいと、密かに願っていたから。 「………いや、違うだろ」 苦しそうに、ハイジが眉根を寄せる。 「どうにも逃げらんねぇ状況で、これ以上自分を貶めない為の──意地だろ?」 「……ッ!」 真っ直ぐ、僕を射抜くように見つめる熱い双眸。 「……」 ……違うよ、ハイジ。 僕は本当に、根性が捩じ曲がった嫌な奴なんだよ。 こんなに僕の事を思って、僕だけを見てくれるハイジが傍にいるのに……心の奥底では、あの人の温もりを追い掛けてしまう。 もう一度会いたいと、願ってしまう。 だって、山本竜一は──僕の初恋の人だから。

ともだちにシェアしよう!