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第49話

視界の端に映る、黒いコーヒーカップ。 テーブルに置かれたそれは、既に湯気を失っていて。冷めた現実が、容赦なく僕に襲いかかる。 「……」 僕の事を覚えていてくれていたのは、確かに嬉しかった。 僕も、竜一を忘れた事なんてなかったから。 ……でも、結局……アゲハなんだよね。 僕の守りたいものがアゲハだと思ったから……だから、わざとこのコーヒーカップを出して、知らしめたかったんだ。 アゲハは、俺のモノだと──  ──ガチャッ、 突然、勢いよく開かれるドア。 それまでの静寂が音を立てて壊れ、ぼんやりとしていた脳が一気に覚める。 驚いて、竜一の背中の向こうにあるドアへと視線をやれば、そこにいたのは…… 「失礼しますっ!」 息を切らせながら、つかつかと部屋に入ってくる──ハイジ。 「すいません、リュウさん。 うちのが、ご迷惑をお掛けしました」 後ろに束ねた白金の髪。溢れた短い横髪が、頭を下げたと同時にサラサラと落ちる。 「……」 顔が持ち上がる瞬間、盗み見るようにチラッと此方へ視線を向けられる。 その眼が──ナイフのように鋭く尖っていて。 「……随分と早かったな」 「はい。今日は、大事な日なんで」 そう答えながら、眉間に皺を寄せたハイジが、少しだけ挑発的な眼を竜一に向ける。 「御礼なら、また後日させて頂きますので。……今日の所は、これで勘弁して下さい」 鋭い眼光を伏せ、深々と頭を下げる。 「……」 いつ豹変してしまうか。冷や冷やしながら様子を窺っていた僕を余所に、キッチリと礼儀を通すハイジ。大人の対応にホッと胸を撫で下ろしながらも、腰よりも低く頭を下げるその姿を今まで見た事が無くて。僕の目に、新鮮に映る。 「礼なら、いらねぇ」 「……」 「さっさと連れて帰れ」 スラックスのポケットに手を突っ込み、静かにそう吐き捨てる竜一。 僅かに振り返り、僕に向けたその眼は既に冷めていて。 「……」 僕の事など、最初から興味がなかったかのようなその視線に……胸の奥が、押し潰されるように痛い。 * オフィスビルを抜け、駐輪場へと向かう。 ハイジの全身から発せられる、怒りにも似た強いオーラ。険しい形相。 言葉を交わさないままバイクの後ろに跨がり、夜の街へと繰り出す。 「……」 容赦なく吹き付ける、冷たい夜風。 不安になって、ハイジの胴体に巻き付けた腕に力を籠め、ぎゅっとしがみ付くものの……その腕に、ハイジの優しい手が触れる事はなかった。

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