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第48話

「……お前の守りたいものは、一体何だ」 冷たく尖る、竜一の眼。 氷柱(つらら)の様なその視線が、僕の心臓を貫く。 「ハイジか。己か」 「……」 「それとも、……アゲハか」 「……ぇ……」 トサッ…… 思わず声が漏れた瞬間──肩を掴まれ、座面に押し倒される。 「……」 肘掛けに片手を付き、覆い被さるようにして僕の顔を覗き込む竜一。 逆光のせいで顔に陰影が掛かっているのに、僕を捉えるその眼だけは、獲物を捕らえた捕食者の如く光っていて── 「俺の留守中、他の男を咥え込みやがって……」 「──!」 僕の首筋にある赤い刻印(キスマーク)を捕らえた刹那。その目尻が鋭く吊り上がり、蒼く静かな怒りの炎が灯りゆらゆらと揺らめく。 「この数ヶ月で、俺を忘れたとは言わせねぇぞ──工藤さくら」 「……、!」 ゾクッ…… 張り詰めたような切ない声が、動けずにいる僕の鼓膜を通り、水風船の如く胸の奥で静かに弾ける。 ───覚えて、た…… 竜一が、僕の事を─── 無意識に止まっていた息を大きく吸い込めば、滞っていた熱い血潮が末端まで押し流され、速くて激しい鼓動が全身を揺らす。 白い天井が、僕を見下ろす竜一の顔が、……溢れる涙で滲んでいく。  たった、それだけなのに。──何でこんなに心が震えて、胸が苦しくなるんだろう。 嬉しいと、思ってしまうんだろう。 「……」 竜一に与えられた温もりが蘇り、甘い痺れが背筋を駆け抜ける。 直ぐそこにある逞しい腕に……強く抱き締められたい。 竜一の、力強い鼓動を感じたい。 心音と心音を重ね合わせて、ひとつになりたい── 「………お前、」 僕を見つめるその眼が僅かに見開かれ、小さく揺れる。 瞬きもせず、外される視線。 スッと顔を逸らし、竜一が僕から離れていく。 「……」 退かれた後、冷たい空気が纏う。 触れられた所以外、次第に身体が冷えていく。 上体を起こし、少しだけ痺れの残る手で自身の身体を抱く。そうしながらぼんやりと、静かに竜一の背中を眺める。 ……違うよ、竜一。 僕が守りたかったのは、そのどれでもない。 今までずっと、僕自身を見てくれる人なんていなくて。僕の存在は、無いに等しかった。 僕に近付いてくる人は、みんな僕を通して、アゲハを見ていただけ── だから……あの時の温もりだけは、僕のものでありたいと願っていた。 今まで感じた事がない程、安らげる場所だったから。 有りの儘の僕を、求めている様な気がしたから。 ……だからね。 そんな僕の居場所を、アゲハにだけは取られたくなかったんだよ。

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