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第2話 凌

××× トン、トン、トン、トン…… 木べらで時々鍋の中を掻き混ぜながら、まな板に置いたトマトと胡瓜を切る。 こうして夕食の支度をしながらハルオの帰りを待つのは、以前と変わらない。 だけどハルオは、そう思っていないみたいだ── 『……さくら』 あの日の夜──色濃く付いた鬱血痕を晒して帰ってきた僕を、憔悴しきった顔付きのハルオが抱き締める。 まるで失踪したペットが汚れて帰ってきた、みたいに。 『今まで、何処にいたんだ!』 『……』 切羽詰まった声。力の籠もる腕。 僕の耳元で、不安と安堵の入り交じった溜め息をつく。 『心配、したじゃないか……』 『……』 『……もう、何処にも行くなよ』 ハルオの肩越しに見た部屋は、荒れていて。僕がいない間に何があったのか、手に取るように解った。 ──それからだ。 ハルオが僕を、束縛するようになったのは。 学校へ行く事も許さず。三日三晩、ハルオとこの部屋で過ごした。 だけど、それでは生活が成り立たなくて。ハルオのバイトがある日は、学校へ行く事を許された。 「……」 出来る事なら、離れたい。 何処か遠くへ行ってしまいたい。 ……だけど、他に頼る所なんてなくて。ギリギリの精神を保ちながら、ハルオとの生活を何とかやり過ごすしかなかった。 * ピンポーン…… 支度を済ませハルオの帰りを待っていると、玄関のチャイムが鳴った。 ドアホンを確認せず玄関のドアを開ける。と…… 「ちゃースッ!」 面長の顔立ち。切れ長の目。薄らと生えた顎髭。ハーフアップにした、モカブラウンの長髪。 モノトーンのブルゾンを羽織った陽気な雰囲気のあるその男は、細身ながら見上げる程に背が高かった。 「……ハルオなら、まだ……」 「あ、そうなんや。じゃー、中で待たせて貰うわ」 そう言って開いたドア端に手を掛け、半ば強引に男が押し入る。 戸惑いを隠せないままその人の後を追えば、脱いだブルゾンを二人掛けのソファの背もたれに掛け、我が物顔で腰を下ろす。 「今から飯やったん?」 前屈みになり、ガラステーブルに並んだ料理の数々を見渡す。 豚肉で作った肉じゃが。ひじきの煮物。シーザーサラダ。おかか入りの沢庵と胡瓜のぬか漬け。 煮物の二品は、小さい頃おばあちゃんに教えて貰ったものだ。 「……へぇ、どれも美味そうやん!」 鼻先を近付け、男が犬のようにクンクンと匂いを嗅ぐ。 「いつもハルオは、こんなご馳走食ってんねやな」 「……」 「ほんで食後には……デザートまで食って……?」 眼だけを動かし、斜向かいに座る僕に向ける。 その矛先は、僕の首筋。 「……」 この人……何か勘違いしてる。 嫌な感覚が襲い、俯きながら首を竦め、鬱血痕を片手で覆い隠す。

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