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第10話

「朝ご飯は、俺が作るから。……さくらは座って待ってて」 「……」 ハルオに促されるまま、リビングに上がる。ヒーターが付き、少しだけ緩んだ空気が次第に温められていく。 パーカーを着たまま、ガラステーブル前に腰を下ろす。 カーテンの掛かったベランダ窓の方を見れば、早朝に見た時よりも明るくて。もう、闇と光の狭間などない事に気付かされる。 「……」 ……僕はまた、ハルオの世界に戻されたんだ…… バタートースト。半熟の目玉焼き。千切ったレタスに、スライスした胡瓜とミニトマトを乗せただけの、シンプルな野菜サラダ。湯気の上がるインスタントのコーンスープ。 簡単な朝食を、ハルオと摂る。 スプーンでスープを掻き混ぜれば、ふわりと柔らかな湯気と共に美味しそうな匂いが立つ。 「……」 ゆっくりと重い瞼を閉じ、ゆっくりと開く。 僕に顔を向けたハルオが、一生懸命何かを話しかけている。 だけど、僕の鼓膜を通って聞こえる筈の声は、僕の脳に到達する事無く反対側へと抜けていく。 「……」 同じ柄のお皿。同じ柄のカップ。 同じ柄のスプーンとフォーク。 僕の気持ちを確かめる事なく、夫婦ごっこを続けるハルオ。 『……んー。ハルオには、俺が来た事秘密にしててくれへん?』 あの日──ハルオの帰りを待たず、玄関先で靴を履く凌の台詞が脳裏に響く。 『ちょっと気になって、様子見に来ただけやから。 それに。さくらちゃんに会うて、何となく解ったしな。……大人しゅう帰るわ』 『んじゃー、またね。さくらちゃん!』 振り返った凌が軽く片手を上げ、屈託のない笑顔を残して出ていく。 「……」 今のハルオとは、全然違う。 窮屈なんかじゃない、明るい笑顔。 目の前で、一生懸命笑顔を作るハルオは、無理しているように見えて。 重くて、痛々しくて。……もう、見たくない。 「……」 弱まった湯気と一緒に、コーンスープを一口飲む。 もし僕が、ここから出ていったとしたら……ハルオはどうなるんだろう。 血相を変え、切羽詰まった表情で僕を出迎えたハルオの顔がチラついて、頭から離れない。

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