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第30話

「……あ、そうや! メシ作ってくれへん?」 ……え…… 「自分、料理得意やろ? あん時の肉じゃが、むっちゃ美味そうやったしな」 「……」 でも、それって……今とあんまり状況が変わらないんじゃ…… 「あんま出せへんくて、堪忍やけど。少しは足しになるやろ?」 「……」 「で、肝心の住む所やねんけど。 丁度な、不動産関係の知り合いがおんねん。空き部屋が埋まらん言うて困ってたん、今思い出したわ。 オンボロ覚悟でええなら、この後事情話して、さくらちゃんが一人暮らしできるよう上手く頼んどいたるわ」 「──!」 変わらぬテンションで、凌が軽快に捲し立てる。 まるで自分の事のように。愉しそうに。 どうして…… どうしてこんな僕の為に、ここまでしてくれるんだろう。 胸の奥から熱いものが込み上げ、突然開けた視界がみるみる涙で滲む。 それまで見えなかった明日の光が、僕の目の前に降り注ぐ。 だけど──その一方で襲いかかる、不安感。 目の前がぱっと開けて、嬉しい筈なのに。 眩しすぎるそこに、飛び出して行くのが……怖い── 『さくら……おいで』 キィ…と音を立てて開かれる、折檻部屋のドア。 その隙間から射し込まれる、眩い光の矢。暗闇の隅で脅え啜り泣く幼い僕の眼球を、容赦なく突き刺す。 思わず目を塞ぎ、両手で顔を覆う。 『大丈夫だから、怖がらないで……』 優しげに響く声。その声に導かれるようにゆっくりと瞼を持ち上げ、少しだけ開けた指の隙間から様子を窺えば── 『一緒に、謝りに行こう』 逆光で、顔がよく見えない黒い影。光溢れる場所から、手を伸ばされていて── 「……家賃は気にせんで。働ける年齢になったら、少しずつ返してくれればええから」 「……」 「やから、俺には気負わんといて。……な?」 両手をついたまま背を後ろに反らし、首を傾げて僕の顔を覗き込む。 「……」 優しげなその眼差しと──あの日のアゲハが重なる。 この人も、アゲハと同じように安全圏に留まったままでいる。 でも。暗闇に足を踏み込んで来なくても……寄り添うような安心感を、僕に与えてくれているから。 ……大丈夫。 差し伸べられたその手を、掴みたい。 凌を、信じたい── 「……うん、」 そう答えて、凌に笑顔を返す。

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