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第31話 *
×××
凌の車から降り、裏門から校舎へと向かう。その道中、チラと振り返れば、運転席から手を振る凌の姿が見えた。
──決行は、明日。
ハルオに悟られないよう、ショルダーバッグに大事なものだけを詰めて登校。そして今日と同じ時間に、この裏門で落ち合う。
怖ず怖ずと片手を胸の前まで上げ、小さく振り返す。
「……」
ハルオとは、今日で最後だ。
*
「──さくらっ!」
正門を抜けて直ぐ、ハルオの大きな声がした。
探す間もなく人影が視界に飛び込み、正面から抱き締められる。
その刹那、重苦しい現実が僕を襲う。
それまでの出来事が、まるで白昼夢であったかのように。
「……」
………違う。
鼓膜を擽る波の音。凌の軽快な口調。額や髪に触れられた手の感触。帰りの車内で飲んだ、ミルクティーの味。
それから──鼻腔の奥に残る、微かに潮の香り。
全部、覚えてる。
僕の五感に、ちゃんと刻まれてる。
「……帰ろうか」
ゆっくりと、僕から身体を離したハルオが僕の顔を覗き込む。
僅かに揺れる瞳。眉尻を下げ、何処か憂いのある表情。
「……、うん」
陽が堕ち、連なる建物の上空が薄い黄金色に染まる。
駅へと続く大通り。歩き出して直ぐ、そっと重ねられるハルオの手。驚いてハルオを横目で覗き見れば、真っ直ぐ前を見据えたまま指を絡められ、きゅっと握られる。下校する学生達が沢山いる中、まるで僕達の関係を見せつけるかのように。
「……」
でも……これも今日で終わりだ。
永遠だと思われていたハルオの鎖は、明日には、もうない……
そう思えば、この重苦しい状況にも耐えられる。
「さくら……」
不意に、ハルオが足を止める。
立ち止まってハルオを見上げれば、優しげな笑顔を浮かべ、真っ直ぐ僕を見下ろしていた。
「たまには外で、食事でもしないか?」
「……ぇ、」
その提案に、驚きを隠せない。
どういう風の吹き回しだろう。
最近は、学校以外で人目に晒したり、僕の意見を聞く事なんて……無かったのに。
不穏な気持ちのまま目を逸らせずにいれば、更に眼を細め、口角を持ち上げたハルオが軽い溜め息をつく。
「……どう、かな?」
その声は、何処か遠慮がちで。
昨日までのハルオとは、違うような気がして。
見下げるその視線から逃れ、顔を伏せる。
「……、うん」
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