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第28話

広い駐車場に入り、サイドブレーキが引かれた場所は──以前ハイジ達と来た、あの問題の海岸に良く似ていた。 ザザーンッ、 堤防の壁に座り、振り返る形で海を見下ろす。と、吹き上げる冷たい潮風が襲い、僕の髪を乱す。 「……」 あの頃に戻れたら……何度そう願ったか解らない。 暑かった夏は過ぎ去り、季節はもうすぐ冬を迎えようとしているのに。もう二度と来ない、楽しかったあの日々が思い出されて……心が震える。 「寒いやろ」 売店横の自販機から戻ってきた凌が、ホットミルクティーのペットボトルを僕に差し出す。 「……」 「俺、冬の海って……めっちゃ好きやねん」 怖ず怖ずと受け取れば、そう言いながら足を海の方に投げ出し、僕の隣に座る。 「広い海見とると、悩んどった事が段々ちっぽけに思えてきて……全部、波が飲み込んでいってくれるんや」 「……」 「何に思い詰めとったかは知らんけど。きっと、さくらちゃんも海見てたら、……少しは楽になるんやないかな」 「……」 ザザザッ…… 波の音につられて、再び振り返る。どうやって生まれるのか解らない波が、幾重にも押し寄せて…… 広くて大きな海に、僕の全てが飲み込まれてしまいそうで──目が離せない。 「……凌、さん」 今なら、言えそうな気がする。 不安も後悔も、きっと波が連れ去ってくれる。 「僕、……ハルオの元から、逃げたいんです」 そう言い切ると、吐く息が細かく震える。 「最近のハルオは、おかしくて。 僕の行動を制限したり……身体を、求めてきたり……」 ゾクッと背筋が冷える。 一度(ひとたび)口にしてしまえば──それまで鉄壁で守られてきた心が剥き出され、脆くて柔い感情が溢れてしまう。 「──はぁ、そういう事か」 溜め息混じりの声。それまで僕を見ていた凌が、天を仰ぐ。 「こんな可愛ぇ子と、ずっと一緒に住んどる訳やし。間違いを起こしそうんなるハルオの気持ち、わからんでもないけどな」 「……」 「……行き過ぎや」 それまで冷えていた指先が、ホットミルクティーの熱で芯から温まる。 憂いを帯びた、優しい眼。 凌の手のひらが、僕の頭にそっと置かれた。 「辛かったやろ」 「……」 「話してくれて、ありがとうな」 「──!」 ずっと、欲しかった言葉── それまで冷えていた指先が、ホットミルクティーの熱で芯から温かくなり、胸の奥が柔らかく締め付けられる。 溢れてしまった涙を隠そうと目を伏せれば、風で乱れた僕の髪を大きな手が優しく撫でてくれた。

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