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第6話

「……え」 水神の意外な言葉に、驚く。 戸惑いを隠せず、視線を横に逸らしながら、一歩後退る。 「失礼致しました。……実は、私の知り合いに芸能プロデューサーがおりまして。丁度、貴方のような中性的な男性を探していたのを思い出したのです」 「……」 「どうでしょう。もしお時間が合いましたら、近々その方に会って頂けませんか?」 下瞼の辺りを少しだけ持ち上げただけの、薄い微笑み。 「……」 その異様な表情に、緊張が走る。 水神(この人)の心の内が、全然見えない。 人を簡単に疑ってはいけないのかもしれないけど……太一の時のように、疑いを持ちながらそれに乗っかろうとするのは危険だ。 でも、それなら。どう答えてこの場を切り抜ければいい……? 水神と僕の間に流れる、緊迫した空気。その視線は鋭いながら、真っ直ぐに向けられていて。僕の心の内まで読み取られてしまっているような気さえする。 「……、ぁの」 それに堪えきれず、口を開けば── ……ピンポーン 切り裂くように鳴り響く、チャイムの音。 「……」 水神の視線が外れ、玄関へと向けられる。と同時に、一気に取り払われる、緊迫した空気。 ほっと溜め息をつけば、肺の奥に圧迫感を感じ……それまでまともに息をしていなかった事に気付かされる。 ゆっくりと深呼吸をし、玄関へ向かおうと水神の横を通り過ぎようとすれば── 「……ちょっと待って下さい」 僕の行く手を阻み、内ポケットから取り出したのは──二枚の名刺。 「私と彼の、連絡先です」 社名や肩書き等が無く、明朝体で『水神シン』とだけ書かれたシンプルな名刺。 もう一つは、有名芸能プロダクションの社名と代表電話の番号、小さく所属や役職名が添えられた『森崎悠仁(もりさきゆうじん)』と記された名刺。 「話は通しておきますので、明日以降、直接此方に連絡して頂けますか?」 「……」 名刺の下部には、ボールペンで書かれた携帯番号。 「……え」 「勿論。気が乗らなければ、その旨を森崎に一報して頂き、この名刺を破棄して頂いて構いません」 「……」 戸惑う僕に構わず、水神は口の両端を持ち上げただけの冷笑をし、僕の手にその名刺を握らせた。

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