7 / 52

第7話

* 「……」 テーブル前に座り、名刺をじっと見つめる。 あの後──凌が後輩二人を引き連れて来ると、宴会が始まった。 その間、足りなくなった|料理《つまみ》を作ったり、下げた皿を洗ったりと、殆どキッチンに篭もっていたからか。僕を気遣った凌が、一緒にと声を掛けてくれた。 緊張しながらも、その輪の中に入ってしまえば……思っていたよりも居心地が良くて。楽しい時間を過ごせたと思う。 『ほんまありがとうな、さくらちゃん。お陰で愉しい会になったわ』 二時間程でお開きとなり、ぞろぞろと後輩達が玄関へと向かう中、一人片付けをする僕に凌が声を掛ける。 『準備、大変やったろ。少ないけど、ほんのお礼や』 そう言って渡されたのは、白くて小さなポチ袋。 『……あの、』 背を向け、後輩達の後を追うように玄関へと向かう凌を呼び止める。 「……」 だけど結局、相談できなかった。 名刺を見つめたまま、小さな溜め息をつく。 僕が、芸能プロデューサーに連絡するなんて……余りに別次元すぎて、全然現実味がない。 もしこのまま、煌びやかな光に溢れた表舞台の世界に飛び込んでいったとしたら……きっと僕は、溶けて消えてしまうんじゃないか。 そんな馬鹿な事を考えながら、テーブルの端に名刺を置こうとした──時だった。 『それでは、本日のゲストはこちら! いま最も注目を浴びているイケメン若手俳優、黒咲アゲハさんでーすっ!』 お笑い芸人らしき男性の、抑揚ある声につられてテレビ画面を見れば、そこに映し出されていたのは── 「……え……」 垢抜けた髪色。スタイリッシュな衣装。 切れ長で優しげな二重。スッと細く少し低めの鼻。綺麗に口角が持ち上がり、爽やかな笑顔を振り撒く──アゲハ。 ……な、んで…… 光溢れる世界にいながら、褪せる事なく輝いていて。 それは──ハロウィンの夜。他のホスト達を引き連れ、大名行列をしていた煌びやかなアゲハ、そのもの。 きっとその輝きを保ったまま夜の世界を舞い飛び、人々を魅了させ……この輝かしい世界へと導かれたんだろう。 狭くて暗い水の底に沈んだ、僕の事なんか忘れて── 「……」 それまでの出来事が思い出され、じわじわと腹の底から憎悪が沸き立つ。 名刺を持つ手に力が籠められれば、くしゃっ、と端が歪む。

ともだちにシェアしよう!