9 / 52

第9話

「……あれ、シンから聞いてない?」 眇めた目を戻し、手を離して苦笑いする森崎。 「今度売り出すアーティストの、ショートムービーに出て欲しいんだよね。……中性的で、ミステリアスで、色気のある男の子が、彼女持ちの主人公の心を掻き乱す絵を撮りたいのよ」 「……」 「いや、最初はね。BL……えーっと、男性同士の恋愛を描いたドラマでブレイクした、黒咲アゲハでいく予定だったんだけどね。突然、事務所の方からNGが出ちゃってさ。……困ってる所だったんだよ」 ……アゲ、ハ……? 瞬間──宝石のように煌めくアゲハの笑顔が、脳内にチラつく。 「君、雰囲気は全然違うけどさ。何となく似てるんだよね。……黒アゲハ()に」 「──!」 その瞬間、カッと頭に血が上る。 僕に、アゲハの代役をやれって──? ……だったら、やらない。 アゲハの身代わりになんか、絶対なってやるもんかっ! 「……帰ります」 「ちょっ、待てよ──!」 呼び止める(森崎)を無視し、店の出入口へと足先を向ければ、肩を叩くように鷲掴まれ強引に引き戻される。 「そう簡単には、逃がさねーよ」 先程の態度が一変し、凄んだ怖い顔を見せる森崎。 それは脅しというよりも、焦りを必死にひた隠そうとしている顔で。……何だか滑稽に映る。 「やっと、見つけたんだ。……やっと、だよ。 これは、運命だ。そうとしか、言いようがない」 「……」 「なぁ、さくら。もう一度考え直せよ」 興奮し、乱れる呼吸。眉根を寄せた森崎が顔を寄せ、僕に詰め寄る。 何事かと、此方に視線を向ける他の客の事など、目に入らないんだろう。大きな声を出し、両肩を掴んで更に迫り── カッ、……ドスッ、 縺れる足。蹌踉けた身体が後ろに倒れ、背面が床に強く打ちつけられる。と同時に、バランスを崩した森崎が、覆い被さるようにして僕の上に倒れ込む。 「……!」 森崎の手が、顔の両脇に付く。 息が掛かる程間近に迫る、森崎の顔。内腿の隙間に入り込む、森崎の膝。 人前で組み敷かれたような格好になってしまったこの状況に……羞恥と恐怖が襲う。 「──さくらっ!!」 その刹那──遠くから耳馴染みのある声と、此方に駆け寄る足音が聞こえた。

ともだちにシェアしよう!