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第14話 溶けて、…沈む
×××
凌のマンションに立ち寄ってから、アパートに帰る。と、玄関ドアの前に黒スーツ姿の水神が立っていた。
僕に気付くなり、銀淵眼鏡の奥に潜む切れ長の眼が鋭く尖る。
「……昨日、森崎とお会いしたそうですね」
そう言いながら、水神の身体が僕の方へと向けられる。
「しかし貴方は、採用を告げられた途端、それを無下に断ったとか」
能面のように表情のない顔。感情を持たないAIのような話し方。
瞬きもせず、僕をじっと見つめるその冷めた眼球でさえも、人工物のよう。
「お会いする、という事が、どんな意味を孕んでいるのかご存知ないのですか?
貴方は少なからず、芸能界に興味をお持ちになっていた。そんな貴方の為に、忙しい森崎が時間を割いてお会いになったのです」
「……」
「ひとつの作品を作り上げる為には、沢山の人と金が動きます。より良いものにする為に。勿論、納入期限を守る為に。
……これは、遊びではないのです。
貴方の単なる気まぐれひとつで、プロデューサーの森崎を振り回し、制作に関わる全ての方々に多大な迷惑を掛けたのです」
「……」
「解りますか?」
淡々と捲し立てる水神。
スラスラと口から発せられる声は、無機質で薄っぺらいもののように感じるのに。その言葉が、ズシンッと心に重くのしかかる。
「……」
……そん、な……
僕が、アゲハへの反抗意識を持ってしまったから。……だから、多くの人達に迷惑を掛けてしまったなんて……
罪悪感に苛まれながら俯くと、水神は容赦のない言葉を更に投げつける。
「もし貴方に、少しでも罪悪感というものがあるのだとしたら……これからその責任をとって頂きます」
「……!」
……責任……?
不安と心細さから水神を見上げれば、蒼白い三日月のような冷たい眼が僕を見下げていた。
「……至極簡単な事ですよ。
今夜、とあるホテルの一室で、森崎主催のパーティが開かれます。
今からそこに、貴方一人で出席して貰います」
そう言い切った水神の唇が、それまで見たことの無い……綺麗な弧を描いた。
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