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第52話
ツー、ツー、ツー、
告げられると共に、一方的に切られる電話。
「……」
……さっき……なんて、言ったの……?
携帯を握る手が、小さく震える。
耳が、おかしくなってしまったんだろうか。
耳馴染みのない竜一の台詞に……戸惑いを隠せない。
……アゲハ、じゃなくて……?
止まってしまった息を少しずつ吐き出し、息を吸いながら思考停止していた脳へと、熱い血潮を押し流す。
『愛してる、さくら』──確かに、そう言った。
……アゲハじゃない。
僕の、名前だった──
「……」
じりじりと痺れる根幹。切なく疼く心。僕の中で何かが弾け、氷を溶かすように、甘く柔らかく……広がっていく。
今年の春──自宅の前に立ち、玄関を睨み付ける竜一に声を掛けた。
アゲハの部屋で初めてを奪われた時……背後から抱き締められて。重なる心音が心地よくて。温かくて。
……あの瞬間が、愛おしかった。
此れ等が全て、アゲハへと向けられたものだなんて……思いたくなかった。
ずっと、僕のものにしたかった──
『愛してる、さくら』
先程までとは違う大粒の涙が、ポロポロと零れ落ちる。
脳内で繰り返されるその声は、外耳を擽る感覚さえ鮮明に蘇らせ……
僕の心を、鷲掴んで離さない。
*
マンションのエントランスを抜け、外に出る。
外気は想像以上に冷たくて。巻いたマフラーの隙間から吐く白い息が、ふわりと広がりながら消えていく。
大通りの街路樹には、蒼と白のイルミネーションがキラキラと輝き、肩を寄せ合う恋人達や忘年会の帰りだろう酔っ払い集団が往来していた。少し遠い駅のロータリーには、様々な色の光に混じり、一際煌めく大きなクリスマスツリーが見える。
「そういえば今日、クリスマスイブッスね……」
寒そうに首を竦め手を擦り合わせたモルが、煌びやかなイルミネーションに目を向ける。
「……で、どうします?」
そう言いながら息を吐き、温めた両手をコートのポケットに突っ込む。
「これから、どこに行きます?」
モルにつられて顔を上げ、夜空を見上げる。
「……」
辺りが明るすぎて、やっぱり星は殆ど見えなかったけど……
変わらずそこにあって、ちゃんと僕を見ている。
そう思ったら、胸の奥が陽だまりのように温かくなり、心地良く疼いた。
episode3 END
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