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第43話

「……え、男っすか?」 バスローブの男が、水神の隣に立つ僕を見るなり訝しげな表情に変わる。 「ええ、そうです」 「……水神さん、冗談キツいっすよ! そりゃあ頼まれれば、どんなブスでもババアでもヤってきましたけど。……男は、勘弁して下さい」 「随分と贅沢な人ですね」 眼鏡の奥に潜む冷徹な眼が鋭く尖り、水神が内ポケットから何かを取り出す。 「役に立たないのであれば、もう必要ありませんね。……私が切って差し上げましょう」 「……ッ、!」 感情のない無機質な声。鋭く光る、折り畳みナイフの刃。 男の顔が引き攣り、恐怖に(おのの)く。 「………精進、しますよ」 渋い顔をしたバスローブの男が、まるで汚物でも見るかのように顔を(しか)め、僕に近付く。 「……」 掴まれた手を引かれ、部屋の中央にあるベッドへと導かれる。撮影の準備に取り掛かる人々。ハンディカメラを持つ人達の中に、ウェーブがかった赤い髪のモルの姿があった。 『あの人、人当たりが良くていい人そうに見えるんスけど。何考えてるかわかんねートコ、あるんスよ。……だから、あんまり深入りしない方がいいッス』 『愛沢さんは危険ッスから。……マジで気を付けてくださいッス、姫』 彼と目が合った瞬間、スローモーションのようにゆっくりと時間(とき)が流れ……喫茶店での出来事や、告げられた言葉の数々が蘇る。 『姫だけでも、幸せになって下さい。 ……俺、姫だけが希望なんで!』 そう、言ってた癖に。 どんなに綺麗事を並べたとしても……結局最後は、自分なんだ。 解ってる。 ……解ってるよ、そんなの。 昔からそうだった。 母も、アゲハも、学校の奴等も……みんな、目的の為に僕を蔑ろにしたり、上手い事利用しようとしてきた。 親切なフリをして近付く奴等は、必ず下心があるって……これまでの経験で悟った筈なのに。 「……」 絶望感に打ちひしがれながら、大人しく男に誘導され、ベッド端に辿り着く。 先にベッドに上がった男が、僕を引っ張り上げる。 ベッド端に立ち、ハンディカメラを構えるモル。何事も無かったかのように。無表情のまま。 「……」 ここでも……何人もの女性がレイプ動画を撮られたんだろう…… 想像しただけで、眩暈と吐き気がする。 チラリとドア付近に目をやれば、腕組みをしている水神が事の成り行きを監視していた。

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