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第2話

振り返ってみれば、そこにいたのは──白衣の裾を翻して近付く化学教師。 後ろで無造作に束ねた、襟足の長い黒髪。細身で長身。丸い細渕眼鏡。柔らかな雰囲気を纏った笑顔。 「騒がしいから、何かあったのかと思って……」 そう言いながら、チラリと職員室を尻目に見る。 きっと以前の僕だったら、頑なに心を閉ざして何の反応も示さずにいただろう。……でもこの人は、他の先生とは違う。 「俳優、樫井秀孝のニュースは……知ってるかな?」 「……」 先生を見上げながら、こくんと頷く。 「その被害者が、この学校の生徒らしくてね。マスコミ関係者や、(タレコミ)を信じた一般人(熱狂的ファン)からの問い合わせが殺到してるんだよ」 「……」 「一体、何処から湧いて出た情報なんだろうね」 眉尻を下げ、先生がふぅ…と溜め息をつく。 ガヤガヤ、ガヤガヤ…… 何時にも増して、騒がしい教室。 後ろのロッカー。ベランダ入口。廊下側の掲示板前。教卓付近。 相変わらず、同じ顔ぶれ同士で固まって屯っているクラスメイト達。 「職員室、マジ地獄だな」 「裏門にマスコミ来てるってよ」 「えっ、マジ……?」 「じゃあオレら、インタビューされちゃうんじゃね?」 「マジかよ!」 「……」 ゲラゲラと笑いながら騒ぐ彼らを尻目に、窓際中央の自席へと向かう。 「ニュース見たぁ?」 「見た見た!」 「樫井きゅんのイメージ、完全に壊れたよぉ~」 「うん。……なんか、気持ち悪いよね」 「性的対象が男とか」 「しかも未成年って……。マジで性癖ヤバいわ」 自席の椅子を引き、手のひらを返すように樫井秀孝を軽蔑する彼女達を睨む。 「……」 樫井秀孝が本当にシたかった相手は、アンタ達の大好きな『アゲハ王子』だ──そう、心の中で悪態をつく。 跡形もなく綺麗に消え去った、鬱血痕。窓から射し込む太陽の光が、剥き出された首筋を照らす。 『 ごめん。さくらが可愛くて、止められなくて……』 媚薬のせいだったとはいえ、はしたない声を上げ、樫井の腕の中で淫らに感じさせられてしまった。 「……」 早く忘れたいのに。 世間がそれを許さない。 僕がその被害者だと知られるのは、時間の問題だろう。 そしたらきっと、僕の中に秘めたものを曝かれ、引っ掻き回され……辱しめを受ける事になる。 溜まり場で、集団レイプを受けた時のように。 「……」 そしたらもう、この学校に来る勇気なんて、ない……

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