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第3話

××× 特に騒動もなく、無事に始業式が終わる。 登校時と変わらず燥ぎながら下校する集団。その中に紛れながら校門をくぐれば、壁面にじっと立つ怪しげな男性が此方を窺っていた。 ジャーナリストだろうか。それとも、単なる変質者? 依れた黒いジャンパー。目深に被ったハンチング帽。そのつばの下から覗く鋭い眼つきは、まるで獲物を狙うハンターのよう。 「……」 視線を戻し、目立たぬよう近くを通り過ぎる。 大通りに出ると、バラバラに散らばる長い行列。 小さくなった集団に続き、駅前通りへと向かえば、凌の住んでいた高層マンションが目につく。 「……」 少し前まで、あの部屋に通っていた。サポートを受けていたとはいえ、自立した生活を送れているのが嬉しかった。 僕の料理を美味しいと言ってくれるのも嬉しかったし、……何より、心の拠り所になっていた。 ……けど。今はもう……見たくもない。 知らなかったとはいえ、AV撮影が行われていた部屋の隣で、毎日凌と過ごしていたかと思うと……気持ち悪い。 あの軽すぎる笑顔の裏に、とんでもない化け物が潜んでいたなんて…… 「……」 高くそびえるマンションを、視界から追いやる。 脳裏を過ったのは──顔を伏せた凌の手や周辺の床。そこに飛び散った、鮮血。 ……今、どうしているんだろう。 まだ何処かで、生きているんだろうか…… * アパートのドアポスト口に挟まっている、二つ折りにされた大きな封筒。引き抜いて見れば、その差出人は不動産会社からであった。 玄関を開けて中に入る。 ショルダーバッグを部屋の端に下ろし、背丈の低い棚の引き出しから鋏を取り出す。その封を切り、中身を引っ張り出して見れば── 「……え……」 目に飛び込んできたのは──『解約通告書』の一文。 事件のあった、クリスマスの夜──再び行き場を失った僕は、結局、凌名義()のアパートに戻るしかなかった。 モルには反対されたけど。ヒステリックな母と二人暮らしをする生活を思えば……他に選択肢なんてなくて。 「……」 きっといつかは追い出される。そう覚悟はしていたつもりだったけど。その『いつか』が、こんなに早く訪れるなんて──

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