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第4話

強制退去の理由。 それは──名義人以外の人物が住んでいる事。又、名義人が反社会勢力の人員である事。 この二点が契約違反に当たる為、ここを引き払わなければならない。 その期日は、今月半ば。 つまり、あと一週間。 「……」 紙を持つ指先が……震える。 小型のテレビや家具、布団……その他諸々の生活必需品は、凌が取り揃えてくれていたもの。僕が元々持っていた荷物なんて、通学用のショルダーバッグに収まる分しかない。 出ていけと言われれば、直ぐに出ていける程身軽だけれど……他に住むアテなんてない。 お金もなければ、拠り所もない。 名義人になってくれる人もいない。 ゲイの集まるパーティに参加した時のような、捨て身の勇気も……今はない。 ……ぐぅぅ、 陽が傾き、部屋全体が仄暗く手元の文字が読みにくくなった頃。無情にも僕の腹が小さく鳴った。 どうしてこんな時でも、お腹は空いてしまうんだろう…… 『こんな時だからこそ、ちゃんと食べないといけないよ』 やり場のないまま瞬きをすれば、幼い頃の記憶──折檻部屋で背中を丸め、静かに涙を流す僕を引っ張り出し、台所で一緒に料理を作ってくれたおばあちゃんがぼんやりと浮かぶ。 「……」 だけど。何かを作る気力なんて無くて。パーカーを羽織ったまま、マフラーを巻いてアパートを出る。 既に陽は沈み、夕焼け空に浮かぶ数多の薄雲が、輪郭を濃くしながら鮮やかな茜色に染まる。時折吹きつける向かい風。剥き出しの肌から容赦なく体温を奪っていく。 マフラーを巻き直し、ぼんやりしながら細い路地を歩き出す。次第に灯る家々の窓。チカチカと光る、等間隔に並んだ外灯。そのせいで、刻一刻と辺りが暗くなっていくのが見て取れる。 フォグランプやヘッドライトを点けた車が行き交う大通り。先程までの侘しさは消え、街に溢れる喧騒と光の多さに、少しだけ救われた気持ちになる。 「……」 車道を挟んだ向こう側──数百メートル先にある横断歩道の向こうに見える、凌の高層マンション。その上空には、藍色を更に深くしたような闇夜が迫っていた。 『それとも貴方は、朝食を作るだけのバイトで生計を立てられるとでも思っていたのですか?』──水神の容赦ない言葉が思い出され、胸の奥が深く抉られる。 未成年の僕が一人で生きていく為には……やっぱり、それなりの代償を払わなくちゃいけないんだ。 「……」 悔しさと情けなさが入り混じった感情が込み上げ、頼りない手をギュッと握り締める。吹き付ける冷たい風の中で。

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