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第5話
「悪いね、送ってもらっちゃって」
エリスは気にしないで、と首を振った。
迎えにきたニルフにつれられ、遅い昼食をとり、久しぶりの帝都をゆっくりと見て回った。遠征から帰ってきたばかりで疲労はたまっていたが、実に有意義な休日だった。
「あなたも、相変わらず子供の時のままね。いえ、むしろ大人びた子供だったんだわ、私たち。ようやく、見た目が追いついてきたのね」
エリス・アーカムは、きらびやかなドレスではなく、しっかりとした生地の、作業着めいた衣服のほうが似合う女性だ。本人にも自覚があるようで、小さな頃から男のような格好を好んでしていた。
化粧をして着飾れば、どんな男をも黙らせてしまう美貌はたしかなのに、男勝りの気質のせいだろうか。
豊かなブルネットの髪にはカールが掛かり、肩の位置でくるくると奔放にはねている様は女性的で、街頭の白すぎる光を浴びて硬質的に輝く様は妖艶な美しさも感じさせた。
なのに、どこか勇ましい。
コートの下に銀色の鎧を着込み、このまま戦場へと飛び出してゆきそうだ。
軍服を着込んでいるレオンハルトよりもずっと、エリスの凜々しさは軍人らしかった。そう、口に出して言えば、さすがに怒るかもしれないが。
エリスの弟であるニルフは、婚約者たちに遠慮したか、オスカー家の門より少し離れた場所で停車している馬車に残っているちらちらと、視線を感じるようなきになるのは、気のせいだろうか。
「挨拶を、というわけではないけれど、うちで休んでいかなくても大丈夫かい? 馬車にずっと乗っているのは疲れるだろう?」
「心配ご無用よ、これくらいなんともないわ。馬で野原を駆けているほうがずっとおしりが痛いわよ」
「君の心配はしていないよ、ニルフが辛そうな顔をしていたからね」
「まあ、ひどいわね。婚約者でなく、弟の心配?」
つんと、唇をとがらしたエリスは、すぐに大きな口を開けて笑った。
「いいのよ、今回の顔合わせはもともとニルフが言い出したことなのだし。馬車に半日揺られただけで音を上げるなんて、ひ弱すぎるわ」
「半日も、だと思うけどね。まあ、ニルフの矜持もあるだろうから僕はおとなしく帰るとしよう」
小指の爪ほども、浮かれた話題のない二人の会話を馬車で待つニルフが聞いていたら、さぞがっかりするだろう。
昼食をともにしていたときも、話題はもっぱら政治のことばかりで、もっと色恋に浮いた話をするべきだと怒られてしまった。
ニルフの言い分には一理あるが、仕方がないと割り切ってもらうしかない。
「本当に、いいのかい?」
「レオンとの婚約のこと?」
頷くと、エリスは肩をすくめて後ろ頭を掻いた。
おしとやかさなどみじんもない仕草だが、自然体のエリスはどんなときよりも魅力的だと思う。
思うからこそ、男女の感情をもてないことが残念に思えた。
エリスは幼なじみで、誰よりも頼りになる友人だ。それ以上でも、それ以下でもない。
「愛のない結婚でも、君は大丈夫なのかい?」
「はっきりいうのね、レオン。ニルフが聞いていたら、泡を吹いて倒れていたわ」
案の定、エリスは憤慨することなく自然に笑って受け流した。
「せめて、殴りかかるくらいはしてほしいものだけどね」
「無理よ、あの子ああ見えてレオンを尊敬しているんだから」
ふたり、顔をつきあわせて笑い合う。子供の頃と、全く同じ関係は心地よささえある。
「愛がないからこそ、貴方ならうまくいくんじゃないかなって思ったの。そうでしょ、レオン」
レオンがお見通しだったように、エリスもまた、お見通しだったようだ。
「仲の良い友人同士は、傍目から見れば最良の夫婦なのかもしれないね」
同意して頷くと、エリスはブルネットの髪を掻き上げた。レオンから視線を外し、星が瞬く夜空を見上げた。
「ニルフが乗り気でも、私たちはまだ、婚約しただけだわ。結婚にまでいくにはまだ、時間が掛かるでしょう。私たちの間には、覚悟なんていらないけれど、もし、本当に愛したい人が現れたらその時は……わたしに、ちゃんと紹介してね」
はっきりとした物言いが魅力であるエリスが、ここにきて初めて言葉を濁した。
最良とは思えても、迷いがないわけではなさそうだ。
「ごめんなさい、久しぶりに顔を合わせて早々にする話題じゃなかったわね。半年ぶりの、戦地からの帰還なんだから、無事をご両親に報告して親孝行でもしてやりなさい」
じゃあね。とエリスは右手を振って、背を向けた。
馬がいななきをあげ、馬車が動き出すまで見送って、レオンは重い荷物を再び背負って門をくぐった。
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