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第7話
服を脱ぎながら、ビーシュが「ごめんなさい」と謝れば、同じように上着を抜きつつ、エヴァンは不思議そうな顔をした。
「どうして、謝るんだい? 私と寝るのが嫌なら、言ってくれてかまわないよ。断られたからって気を曲げるほど、安い男ではないよ。ゆっくりと、ワインを飲みながら語り合うのも、悪くはない。そういう付き合いでも、満足はできるよ」
ビーシュは首を振る。エヴァンが連れてきた高級宿があまりのも場違いすぎて、申し訳なくなってきたなんて、言えるわけもない。
「どうしたのかな? もしかして、眠くなってきたかい?」
うまくボタンを外せないでいるビーシュを笑い、エヴァンは脱いだシャツを肩にかけたまま手を伸ばし、ピアノを弾くように軽快に外していった。
あまりにも手慣れているので、ビーシュはエヴァンに全てを預け、室内を宿をきょろきょろと見回した。
安宿と違い、分厚く作られた壁と壁紙は外気をきっちりと遮断し、暖房で暖められた空気は素肌でも震えず、ちょうど良い室温を保っていた。
「風邪を引かないですみますね、軍の工房も頑丈な作りですけど、どうしてもすきま風で体調を崩すときがあるんです」
華美ではないが、豪華な内装。エヴァンによく似合っているように思えた。
「細い体だ、きちんと食べているのかね?」
ぼんやりと、ルビーの指輪をはめた指を見ていたビーシュは、するりと落ちる衣服の音に、まぶたを瞬かせた。いつのまにか、全裸になっていた。
「手持ちによって、食べたり食べなかったり。もともと食は細いほうでして、困ってはいないんですけど。……すみません、抱き心地はあまりよくないかも」
「かまわないよ。絹のような肌は、触っていてとても心地良い」
エヴァンの黒い光彩のかにぼんやりと浮かび上がる己の白い裸身を見て、ビーシュは今更ながらに戸惑う。
「今日はぼく、手持ちがなくて」
若い男ならいざ知らず、ビーシュは四十二の壮年に足が掛かる年齢だ。いつも抱かれるときは、金を払っていた。
「抱いてもらう代わりに、差し上げられるものが……なくて」
口ごもり、目をそらす。
今、持っている中で一番価値があるものはポケットの宝石義眼だが、宝石としての価値はさほど高くなく、エヴァンの肥えた目を満足させられないだろう。もしかしたら、失望されるかもしれない。
「対価がないと、体を重ねられないのかい? ほんのひとときの戯れだとしても?」
エヴァンは大きな手で、ビーシュの髪を撫でた。
「金なんて、腐るほど持っているからね。どのみち、君が提示できるだろう金額は、私からすればなんの興味も持てないはした金だとおもうよ」
座っていても金が入り込んでくるだろう金鉱脈を所有している富豪が、小銭を稼ごうと思うわけがない。
ビーシュは撫でられるままになって、どうしたものかと頭を悩ませる。
「金以上の価値を、君はすでに持っているよ」
熱のこもった吐息を吐いて、エヴァンの指が落ちくぼんだ鎖骨をするっと撫でた。
「気づいていないのかい? この私が、宝石をだしにして君を寝所に連れ込んだのに?」
今朝の情事の痕が残る首筋。赤く散る淫らな印を一つ一つ、ひっかくようにしてなぞられる。
「……ん、ぁ」
びくん、と足の付け根が、刺激に煽られて突っ張る。
「これだけで、感じてしまうのかい? いけない子だね。性に全然、関心無さそうな顔をしているのに」
無防備に震えるビーシュの体を支え、エヴァンは「おいで」と、背後にある大きなベッドに誘ってくる。
ビーシュは、半ば引きずられるようにしてベッドになだれ込んだ。
素肌を包むシルクは少しひんやりとしていて、火照った体を優しく包んでくれた。
柔らかすぎず、堅すぎず。背中が痛くない寝床は、何年ぶりだろう。
天井から下がるシャンデリアも、窓から差し込む月の光を反射していて綺麗だ。
(ぼくは、夢を見ているのかな)
ビーシュは心地の良さに緩く息を吐いて、シルクのシーツをそろそろと撫でて遊ぶ。
「ひとつ、提案がある。ビーシュくん、取引をしよう」
ベッドをきしませてビーシュに覆い被さったエヴァンは、つんと尖った乳首に舌を這わせ、子供がついばむように緩く刺激する。
「ん、んぁっ……ひっ」
軽く歯を立てられ、体の芯を貫くような強い快感に、腰がぐっと持ち上がる。
「あ、お……おっきぃ」
こすれるエヴァンのペニスに、ビーシュはぎゅっとシーツを握りしめた。
逃げるような仕草を見せるが、足は男を受け入れるようにじわじわと開いてゆく。
「ビーシュくん、煽らないでくれたまえ。私は、じっくりと君を味わいたいんだ」
「でも、ぼくは……ぼくに、エヴァン様に釣り合うものなんてないんです」
いけないと首を振れば、エヴァンは肩を揺らして笑った。
「だから、まだ煽らないで。いい子だろう?」
ビーシュの喉元に食らいついたエヴァンは震える肌に舌を這わし、肌を吸い、歯を立てて甘噛みをする。
快感に濡れた悲鳴が上がる度、エヴァンの逸物が堅さを増してゆく。
「ビーシュくん、私に良い案がある」
濡れた唇を蠱惑的にゆがめ、エヴァンはゆっくりと下肢をこすりつけた。にじみ出る先走りが、ビーシュの秘所を濡らしてゆく。
「君は、サファイアが欲しい。私は、帝都の滞在中、我が儘の利く夜の相手が欲しい。利害は一致しているんだよ」
雄々しいエヴァンのペニスに、息が荒くなる。ビーシュは乾いた唇を嘗め……頷き返した。ぼんやりした頭でも、言わんとしているところは理解できた。
「とてもいい、サファイアの原石を仕入れたばかりでね。きっと、気に入るだろう。ついでに、私のことも気に入ってくれると最高なんだけれどね」
ビーシュとしては願ったり叶ったりの提案だが、本当に自分で良いのかと、不安に思ってしまう。
エヴァンの言うサファイアは、腰が抜けるほど高額に違いない。
男娼でもない自分に、それだけの価値があるなんてとてもじゃないが思えなかった。
「石一つで、君を好きにできるんだ。これほど良い買い物も、ほかにはないと思うよ」
エヴァンの愛撫は的確で、快感を引きずり出される心地のよさに、ビーシュは何も考えられなくなってゆく。
一方的な行為のようでいて、エヴァンの仕草や視線には、気遣うような余裕が感じ取れた。
「ほ、ほんとうに……ぼくで、いいんですか?」
節くれ立った手が、立ち上がりはじめた中心を優しく包み、しごきだす。性感を促す愛撫なんて、どれくらいぶりだろう。
ビーシュはエヴァンの愛撫に喘ぎ、広い背中に両腕を回した。
振り払われることはなく、むしろもっとおいでと引き寄せられ、密着した胸を他人の心音がとくとくと穿った。
(あぁ、気持ち……いい、な)
店で買う男たちは皆、衝動をむさぼるだけでむさぼって、いつもビーシュを抱きつぶし、捨ててゆく。
愛して欲しいとまでは言わないが、せめて少しの間は夢を見させて欲しかった。そのために、多くのものを犠牲にしてきた。
「さあ、君をじっくりと味合わせてくれ。サファイアと等価であると、私に教えておくれ」
汗で額に張り付いた前髪を払い、ちゅ、と音を立ててキスをしたエヴァンに驚いて、ビーシュは反射的に頷き、すぐさま赤面した。
宝石と釣り合うなんて、思えない。
思えないが、望まれるならば応えるしかないだろう。
「がんばります」
気恥ずかしさをどうにか押さえつけて絞り出した台詞もいまいちで、どうしたら良いかわからなくなって、視線を夜の街並みが広がる窓硝子へとやった。
「期待しているよ。とびきりのご褒美を、見せてあげよう」
なにもかもが、いつもと違う。
高級宿で恋人のようにむつみ合っている、やせぎすでみすぼらしい男はいったい誰なんだろう。釣り合わないにもほどがある。エヴァンは悪魔に騙されているのではないかとさえ、思う。
「ビーシュ、私の名前を呼んで」
くいっと顎ををもたれて向き直り、ビーシュはじっと覗き込んでくる黒曜石の目を見上げ、「エヴァン様」と答えた。エヴァンは「ちがうよ」と首を振る。
「……エヴァン」
褒めるように、額にキスが落ちる。
満足げに微笑むエヴァンに、ビーシュはほっと息をついた。足の間をつつく堅い逸物は、飢えた獣のように先走りを零していた。
「商談成立だ。いいね」
ぐち、っと。エヴァンの先走りにしっとりと濡れた秘所が、湿った鳴き声を上げた。
ビーシュはエヴァンにすがりついたまま、爪を立ててしまわないよう気をつけながら、うなずく。
後悔したところで、いつものことだ。今はもう、下肢の熱にすべてを奪われている。
ほしい。 ビーシュは腰を自らこすりつけ、エヴァンの挿入を促した。
「いけない子だね。酷くしてしまいそうだ」
快感に熱く湿った息を吐き、エヴァンは年齢を感じさせない立派な雄をしならせ、ビーシュの体内をじっくりと進んでいった。
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