34 / 34
番外編 水の戯れ
「大丈夫、怖くないからおいで」
大理石で作られた広い浴場に、レオンハルトの声が響く。
三、四人の大人がいっぺんに入っても余裕のありそうな浴槽には、あふれるほどたくさんの湯が張られていて、香油が垂らされているのか、白い湯気が立ちのぼるたびに、良い香りがした。
「子供じゃないんだから、大丈夫だよ。ただ、眼鏡が湯気で曇っちゃうから、前がよく見えなくて」
ビーシュは眼鏡を外して、白く曇ったレンズを親指でぬぐった。
ぬぐうそばから白く曇ってゆくが、眼鏡がないとろくに歩けないほどのド近眼だった。たとえ風呂場でも、手放せなかった。
「ほら、手を貸して。僕にしっかり掴まっていれば、転げたりなんてしないから、ね?」
「……うん」
湯気でぼんやりと曇った視界のまま、ビーシュは差し出されるレオンハルトの手をしっかりと握った。
手を引かれて歩くのかと思ったが、そのままぐっと引き寄せられ肩を抱かれる。
湯気のせいで湿った素肌と素肌が、溶けるようにしっとりとふれあうと、快楽に溺れた後の体がジンとしびれる気がした。
自分たちのほかには誰もいないとわかっていても、どきどきと高鳴る心臓の音が聞こえやしないかと気恥ずかしさにビーシュは解いた亜麻色の髪をいじる。
「どうしたの、ビーシュ。汗を流さないと気持ち悪いんじゃないかな? せっかく、侍女たちが水を沸かしてくれたんだし、ぐずぐずしていたら水になってしまうよ」
「えっ、別荘にいるのは、ぼくたちだけじゃないの?」
「僕たちをお世話してくれる人たちがいないと、快適な休日にはならないでしょ。掃除をしてくれたり、ご飯を作ってくれたりね。ビーシュが緊張するかと思ったから、なるべく表に出ないようにと言ってあるのだけど……紹介したほうがいいのかな?」
にこやかに「どうかしたの?」と首をかしげるレオンハルトに、ビーシュは苦笑を返した。言われてみれば、確かにそうだ。
帝都を少し離れた丘陵地帯の森林にある、貴族の別荘群。
ビーシュはレオンハルトに、夏が来る前の新緑の初々しさを一緒に愛でようと促され、生まれて初めての旅行をしていた。
オスカー家の別荘は、帝都にある屋敷に比べたら三分の一ほどの家屋ではあるが、手狭だからこそ落ち着けるし、綺麗に掃除がなされていて、飾られている花も可愛かった。
静かで、人の気配もなかったせいか、ビーシュはすっかり二人っきりであると思い込んでいた。
「どうりで、ご飯がおいしいと思ったよ」
「ひどいなぁ。僕だって、豆を炒るくらいはできるんだよ」
食事はすべて、レオンハルトが運んできた。
手の込んだものには見えなかったので、すっかりだまされてしまっていたようだ。
「まあ、ぼくも料理は苦手だけど。卵を焼くくらいがせいぜいかな」
「お互い様だね」
湿った黒髪から一粒水滴を落とし、にっこり笑ったレオンハルトが、ビーシュの額にキスを落とした。
「あぁ。でも、恥ずかしいな。いまさらだけど、とても恥ずかしいよ。声を聞かれたかもしれないなんて」
「……? あぁ、気にしなくて良いよ。そこかしこに言いふらしたりするような、下品な子たちはいないからね」
「そういう問題じゃあ、ないんだけどなぁ」
レオンハルトと体をつなげるのは、決まって自宅に置いてある新調した大きなベッドだった。
たまに工房でもことに及ぶことがあるが、フィンがいるのでほんとうにたまに、だ。
自宅とはいえ、安いぼろアパルトメントなので壁は薄い。
声を抑えるのが常だったので、他人の耳を気にしなくてもいい別荘では、我慢する必要はないとビーシュは感じるままに声を上げていた。レオンハルトすら、驚くほどに。
(ああ、本当に恥ずかしい)
どんな顔をして挨拶をすれば良いのかわからないので、挨拶は遠慮しておこう。
頬が火照るのを自覚しながら、ビーシュはレオンハルトにエスコートされ、大きく深い浴槽の前に立った。
「お風呂は初めてって言っていたね」
「いつも、シャワーですませていたからね」
大量の水を沸かして湯を張るなんて、貴族にしかできない贅沢だ。気持ちが良いと話は聞くが、いざ目の前にすると少し怖い気もする。
先に、レオンハルトが浴槽に入った。
ざぶざぶと、あふれたお湯が大理石の床を濡らしてゆく。
「おいで」
ビーシュはこくん、と頷いてレオンハルトに支えられながら、浴槽に片足をいれた。
「……あったかい」
ほう、っと思わず緩んだ吐息が漏れる。
ゆるく肌を圧迫する水圧も、心地が良い。ビーシュは手を引かれるまま浴槽に入り、レオンハルトをまねて体をお湯の中に沈めた。
「どう? お風呂は?」
「きもちいいね、れおくん。お湯なんて珈琲を入れるためのものだから、火傷するんじゃないかって心配していたんだ」
肩だけでなく口元までお湯につかり、ビーシュはにこにこと見つめてくるレオンハルトに微笑み返した。
湯の中で握った手を、ぎゅっと握りしめられているので、不安は少しもない。
「ビーシュの肌、白いからすぐに赤くなるね」
レオンハルトの手が頬を撫で、肩を撫で、下肢に伸びてゆくのにビーシュはびくっと震えた。
反射的に逃げようと腰を浮かしたが、繋がれている手を引っ張られ、レオンハルトの裸の胸に飛び込むようなかたちになる。
「あっ、れお、くん?」
興奮しているのか、堅いレオンハルトの乳首の感触を頬に感じて、ビーシュはぱくぱくと口を動かした。
見上げたレオンハルトの頬が上気している。湯に中てられたのか、ビーシュにあてられたのか。
「濡れた髪が肌に張り付いて、なんだか、いつも以上にそそられるね。ビーシュはどう?」
湿って艶を増した黒髪を後ろになでつけ、レオンハルトは慣れない浮力に振り回されてじたばたしているビーシュの腰を両手で支えた。
骨張った大きな手は、子供を抱えるように易々とビーシュを膝の上に乗せてしまう。
「ごめんね、我慢できないや。さっきもたくさんしたのにね」
鎖骨のくぼみに溜まったお湯を吸い、肌をも吸い上げ、赤い跡を残してゆく唇に、ビーシュは甘い声を上げて、目を見開いた。
石造りの浴場は、想像以上に声が反響する。爛れた声があちこちから響いてくるようで、ビーシュはあわてて口を手で塞いだ。
「大丈夫だよ、外に声は漏れないから」
嫌々と、口を両手で押さえたまま首を振るビーシュに、レオンハルトはにこにこと機嫌の良さそうな顔のまま、手付きだけは妖しく、白い肌の中に眠る快感の芽を大きく膨らませてゆく。
「ら、らめ……まって、れおくん」
びくびくと体を揺らしながら、ビーシュは大きく息を荒げて制止の声をあげた。
レオンハルトの言うように本当に外に声が漏れていないとしても、恥ずかしいものは恥ずかしい。自分の喘ぎ声なんて、まともに聞いた経験は全くなかった。
「ビーシュはね、いつもこんな声で鳴いているんだよ」
「んっ……んあっ、だ、だめだよ……お、おふろ……なのに」
目尻に涙を浮かべるビーシュを腹の上に載せるような形のまま、レオンハルトは軽く反った背中を撫で、小さな尻を揉み、お湯の中でふるふると震えるペニスに指を絡ませていった。
「あっ、あっ――」
強すぎる快感に、ビーシュはレオンハルトの頭に覆い被さるよう縋り付いていた。
声を隠すものはなく、艶めいた嬌声が大理石を震動させてゆく。
「ひぃん! そ、そこ……だめ、だよぉ」
ちゅく、ちゅるっと音をたて、乳首に吸い付いてくるレオンハルトに、ビーシュは濡れた黒髪を掴んで引っ張った。
「駄目なの? どうしてかな? んっ……ビーシュのここは、気持ちいいって言ってるよ」
ばしゃばしゃとお湯が跳ねるたび、脚の付け根にどうしようもない快感が閃く。レオンハルトは口調こそ穏やかだが、ビーシュの快感を煽る手管に容赦はない。
乳首を吸い、軽く噛みついて引っ張る。快感に揺れる腰は、勃ちあがったペニスをレオンハルトの手に擦りつけ、もっとほしいと強請っているようにも見えた。
「眼鏡、取るよ」
快楽に色を深くしたサファイアブルーの瞳が、ぼんやりと滲む視界をかき分けて近づいてくる。
鼻先にふわっと香るレオンハルトの雄の匂いにごくりと喉を鳴らしたビーシュは「きて」と、口を開けた。
「んっ、ふあっ」
待ちきれず伸ばした舌を絡み取られ、ビーシュは深いくちづけにびくびくと腰を震わせていた。
「ふふ、キスでいっちゃったの? かわいいね」
唇を啄まれ、息が整った頃合いを見計らって舌が入り込んでくる。苦しさのない、甘いだけのくちづけにビーシュは痺れるような気持ちの良さに身を委ねてゆく。
「ご、ごめんね……お湯、汚れちゃったね」
「もっと、汚してしまおうか? 後のことなんて、気にならなくなるくらいに」
濡れて頬に張り付いた亜麻色の髪を撫で、レオンハルトが腰を浮かした。
「あっ――」
股の間に擦りつけられる大きく硬く育ったものに、ビーシュは生唾を飲み込んだ。
いろんな男たちをさんざんくわえ込んできたのに、レオンハルトの前では処女のように疼く場所が、なけなしの本能をあっという間に蹴散らしてゆく。
「い、いれていい? れおくん」
揺らぐサファイアブルーをじいっと見つめる。
優しく甘く見つめてくれるレオンハルトの目も好きだが、乱れる姿を見てぎらつく雄の目は、心臓ごと食いちぎられるような恍惚とした感情をビーシュに与えてくれる。
今、レオンハルトの中には、自分しかいない。
そう思うと、すぐさま絶頂を迎えてしまいそうなほどに快感を覚え、ビーシュはとてつもない喜びに震えるのだ。
「れおくんが、欲しいよ」
ごくり、と。レオンハルトの喉が動く。
「僕も、ビーシュが欲しい」
痛みを感じるほど強く腰を捕まれ、持ち上げられる。
切っ先を入り口にあてがわれるだけで、ビーシュの意識は吹き飛びそうだった。
「ん、んあっ、れお、くん」
はふはふと、溺れるように口を開き、ビーシュはゆっくりと腰を下ろしてゆく。
きもちいい。
とろりと目尻を蕩けさせ、ビーシュはレオンハルトの雄をゆるく内壁で締め付けながら奥へ奥へと引き込んでゆく。
「ん、はっ……いいよ、ビーシュ」
「ぼ、ぼくも、気持ち……いいっ」
ずぷん。と、お湯をかき分け深く繋がりあう。
快楽を覚えた秘所をぎゅうぎゅうと押し広げる雄に、ビーシュは甘いと息を零した。満たされている。じわじわと胸の奥が温かくなってゆく幸福感は、何度味わっても色褪せない。
ビーシュはレオンハルトにしがみつき、ゆるゆると腰を持ち上げ、抜ける寸前で動きを止めると、再び肌を打つほど深く腰を落とす。
「ん、ああっ!」
声を抑えるのも忘れて嬌声を響かせると、レオンハルトもまた感じ入った吐息をビーシ
ュの耳に吹き込んでくる。
気持ちよくなってくれている。ビーシュは口元を緩め、快感を追って腰を動かす。
じゃぶじゃぶとお湯が暴れ、立ち上る湯気に混じって香油の香りがいっぱいに広がってゆく。
まるで、夢を見ているようだ。
湿っているせいで張り付く互いの肌は、このままどろどろに溶けてゆくのではないか。このまま、レオンハルトと一つになれるのだろうか
体の奥深い場所で膨らんでゆく塊に、ビーシュはさらに腰を早めた。
快感に喉を引きつらせながら、薄く目蓋を持ち上げる。
「れおくん。すき……好きだよ」
先走りをお湯に溶かしながら、ビーシュはぐっと背中を反らしてレオンハルトの唇をちゅくちゅくと啄む。
「僕も、好きだよ」
「あっ、あぁ――っ!」
体の奥の奥、骨が痺れるほど強く穿たれ、ビーシュはレオンハルトの膝の上で達した。
「気持ちよかったよ、ビーシュ」
ぐったりとレオンハルトの腕の中でしなだれながら、ビーシュは内壁に注ぎ込まれる精液の飛沫を感じ、びくん、びくんと腰を揺らす。
「んっ、ぼくも。いっぱい出してくれたの……うれしぃ」
しっかりと抱きしめられ、当然のように口を吸われる。
快楽の証を体の奥で受け止めたまま、ビーシュは求めるまま飽きることなくレオンハルト貪った。
ともだちにシェアしよう!