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第13話
腹が重い。
目をこするが、眼鏡がないので視界はぼやけたまま、ビーシュは首だけを動かして時計を探した。
「だめだ、見えないや」
なんとなく時計らしき影は認識できるが、肝心の時刻まではどうしても見えない。ぎゅっと目をこらしても、視界はぼんやりしていた。
「まだ夜だよ、ビーシュ。どうしたの? めがさめちゃった?」
体のすぐ側でごそごそと身じろぐ暖かいものに、ビーシュは驚いて飛び起きた。
「あ、そうか……レオンくん。ぼく、レオンくんと」
「気持ちよかったよ、ビーシュ。久しぶりに、楽しかった」
シーツの中に残る精の残り香を感じ、気恥ずかしさに鼓動が早くなる。
腹の上に頭を乗せ、見上げてくるレオンハルト。その、青すぎる両眼に、ビーシュは唇を噛んで目を泳がせた。
落ち着かない。
とても、落ち着かない。
「ビーシュ、レオって呼んで。とてもかわいかったから、そう呼んで欲しいな」
「……んっ」
股の間の、敏感な肌を撫でられるとせっかく落ち着いていた官能の火がくすぶり出す。
毎夜のようにエヴァンと夜をともにしていたせいだろうか、いつも以上に感じやすくなっているような気がした。
さすがに、このままではいけないと自制心をたぐり寄せ、ビーシュはなんともないそぶりを装う。
うまくいっているかは、気にしていられない。必死だった。
「れ、れおくん。ごめんね、起こしちゃったかな。あしたも、仕事なんでしょう? 寝たほうがいいよね」
もとから快感にはだらしないほうではあったが、男遊びが初めてと自称していたレオンハルトに、いいように翻弄されてしまった。
レオンハルトの精をたっぷりと飲まされた場所は、身じろぐたびに存在を主張するようどろりと動く。
「大丈夫、寝ていなかったから。ずっと、ビーシュの寝顔を見ていたんだ。……かわいいな、って。小さい頃、飼っていたウサギを思い出す。でも、ビーシュに対するかわいいって感情は、あのときと少し種類が違う気もするけど」
「ウサギと一緒なのは、さすがに嫌かなぁ」
そろり、そろりと内股を撫でていた手が、萎えたものに絡んだ。
おどろいて、反射的に振り払おうと手を伸ばすが、サファイア・ブルーの瞳に一瞥され、動けなくなる。
「安心して、ビーシュは飼っていたウサギとはさすがに違うよ」
散々もてあそばれた場所は、緩い刺激にも痛いほどに反応を示す。
じわり、とわずかに濡れてきた先端に、レオンハルトが舌を絡め、先走りを舐めとってゆく。
「だめだよ、れおくん。き、きたないから……そんなところ」
「嫌だったかい?」
倒錯的な光景だった。
見るからに育ちの良さそうな貴族の青年が、楽しそうに男のものを握り、なんの嫌悪感もなくしゃぶり、微笑んでいる。
あまりにも、あんまりな状況に理性はすでに追いつかず、ばくばくと高鳴る心臓に、視界が明滅している。倒れそうだ。。
「い、いやじゃ……ない、けど」
することはあっても、されることはなかった。
エヴァンは、抱きつぶされてきたビーシュを気遣ってくれているのか、もとより激しい情事を好まないたちなのか、驚くほど優しく抱いた。
まるで出会ったばかりの恋人のように、言葉を紡ぎ、快感を紡ぐ。エヴァンとの情事は、夢心地のまま朝を迎えることが多い。
「嫌じゃないなら、して良いかな?」
萎えていた中心はすっかり堅さを取り戻し、先走りは粘度を増してゆく。
なんて、浅ましい体なのだろう。ビーシュは情けなさに、眦に涙を浮かべた。
答えられないでいるビーシュを、レオンハルトは急かしたりはせず、ゆるい愛撫を続けながら、のっそりと起き上がった。
少し日に焼けた肌には、ビーシュが残した爪のひっかき傷が赤く散っていた。
夢ではない。
確かめるべくもなくわかっているはずなのに、ビーシュは素肌に情事の痕を残すレオンハルトを視界に納め、彼と肌を重ねたのだと理解した。
妄想が過ぎて、夢を見ている訳ではない。
「――して。気持ちよくして、ほしい」
「いいよ」
レオンハルトは当然とばかりに頷き、口を大きく開け、ビーシュの勃起したものを躊躇なく頬張った。
「んっ、ふ。こうやってビーシュを食べると、思った以上におっきいんだってわかるね」
弾力のある舌が、鈴口を撫でてゆく。
「ちゃんと、男の子だ」
愛撫もさることながら、己の股間に顔を埋めるレオンハルトの淫行を目の当たりにして、正気でいられるはずもない。
ビーシュは呼吸を荒くさせ、レオンハルトの黒髪に手を伸ばした。
「んあっ、もっと、もっとつよく」
心地よすぎる愛撫と、視界にある暴力的なほどの痴態に、ビーシュはいつの間にか羞恥心を脱ぎ捨てていた。
もっと、もっとと本能が望むままむさぼってゆく。
じゅぷじゅぷと、零した先走りと唾液が混じり合い、シーツの上に散ってゆく。
「腰が動いてる。もう、我慢できないのかな?」
「ん、あっ……だめ、みないで」
体中が、歓喜に震えていた。
なけなしの理性で違うと強がってはみせるが、言葉とは裏腹に体はレオンハルトを受け入れるためにどんどん開いてゆく。
気付けば、恥じらいもなく大きくひらいた足の間に、レオンハルトが入り込んでいた。
反射的に足を閉じようとしても、もう遅い。
「れ、おくん、だめだから、もう、離して」
ビーシュは体の奥に受け入れたレオンハルトの逸物を思い出し、ぞくっと背中を反らした。
快感に燃える息を吐きすぎた唇はかさかさに乾いていて、嘗めるとしょっぱい汗の味がした。
「いいよ、このまま……だして」
じゅるっと、薄くなった精を吸いあげる勢いで食いつかれる。
「あっ、ひっ」
びくびくと、性急な快感に四肢がこわばる。
切羽詰まったビーシュを煽るよう、秘所にずるっと人差し指が差し込まれる。
「すごい、まだ柔らかい」
口を離し、舌先を使って愛撫をしながら、レオンハルトが入り口を傍若無人にまさぐる。
「んあっ、あふっ……」
中にたっぷりと注がれたものを掻き出す指使いに、声が止まらない。
ビーシュはあんまりな自分の痴態に、顔を両手で覆った。
情けない顔を、間近で見られるのは恥ずかしい。
ど近眼で眼鏡がなければろくになにも見えない視界でも、息が絡むほどの近距離であれば表情もわかる。
快感に声を上げるたび、満足そうにつり上がるレオンハルトの顔を見ていられなかった。もっと、もっととねだってしまいそうで、狂ってしまいそうで怖かった。
「きもちいい? ビーシュ」
ビーシュのささやかな抵抗を面白そうに笑って、レオンハルトは指を引き抜き、堅さを取り戻したペニスに再び指を絡めた。
「ほんとうに、れおくんは初めてなの?」
「嘘をついてどうするんだい? 本当だよ、自分から抱きたいって思ったのはビーシュが初めてかな。自分でも、驚いているんだ」
激しい愛撫ではなく、息を継ぐ余裕のある戯れのような刺激に身じろぎしながら、ビーシュは顔を覆っていた手を離した。
「女性との経験はもちろんあるけれど、積極的ではなかったからね。誘われたらするぐらいで、こういったことには興味が薄くて」
台詞のわりに、愛撫の手管は驚くほど上手い。
客を取って糊口をしのぐ娼婦たちよりもずっと、的確に性感帯を狙うレオンハルトの愛撫は、今までの経験がすべて白紙になるほど激しく……良かった。
「どうして、ぼくなの?」
一回りも年齢が上なのに、出てくる言葉は舌っ足らずで、子供じみていた。「かわいいね」と言葉を掛けられると、恥ずかしさに死にたくなる。
「どうしてかな。どうしてか知りたいから、僕はビーシュに会いに来たのかもしれないね」
レオンハルトはペニスから指を離し、ぼんやりと快感に浸るビーシュをベッドに押し倒した。
「明日のお昼、予定はあるかい?」
覆い被さるのではなく、体をぴったりとくっつけるようにして横に寝転がったレオンハルトが、ビーシュを抱き寄せながらささやく。
「ないと、思う」
「そう、よかった。明日、今日一緒に行ったお店でランチをしよう。もっとゆっくり、ビーシュと過ごしたいんだ」
胸と胸がくっつき、勃起したままのペニスがレオンハルトの腹をこする。ビーシュは逃げようと腰を引くが、させじと伸びてきたレオンハルトの手にぐっと腰が引き寄せられ、せり上がってくる強烈な快感に背中を戦慄かせる。
「ん、あっ、れお、くん」
解放を求めて勝手に動く腰。
レオンハルトは気付いているだろうに、咎めもせず涼しい顔で、ビーシュをじいっと見つめていた。
快感にゆがむ顔を、じっくりと観察されているようだった。
「いったら、寝直そうね」
鳴きぐずる幼子を宥めるように髪をなでつけるレオンハルトに、ビーシュは口の端からは粘ついた唾液をあふれさせながら頷いた。
とやかく考えるには、とにかくもう疲れ果てていた。
すぐ側にあるレオンハルトにすがりつきながら、ビーシュは直接的な快感に没頭した。
精を放ち、意識を手放し、やがて来る朝にレオンが側にいることを祈りながら。
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