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36-2
「……比良くん……」
うわぁ……。
こんな近くで見ても紛うことなき男前……。
さすが比良くん……。
「柚木」
「……比良くん……ありがたや……」
「カラスにお菓子狙われてるぞ」
そういえばやたらカーカーうるさいなぁ……。
「誰かに襲われたとかじゃないよな?」
柚木は。
賽銭箱の前で、大の字になって、引っ繰り返っていた。
「あれ……えっ……え、え、え?」
がばりと飛び起きて比良に問いかけた。
「おれに何があったの?」
「こっちが聞きたいよ」
ついさっきまで賽銭箱の前に立って、目を瞑って、お願いごとをしていたハズだった。
それがいつの間にやら地面に仰向けに寝転がって、すぐそばに忽然と現れた比良。
柚木は混乱した。
「柚木が一人で買い出しに行ったって聞いて迎えにきたんだ」
ちょんちょん寄ってきた一羽のカラスがレジ袋を突っつこうとし、やんわり追い払い、しゃがみこんだままの比良は言う。
「コンビニに着いたら、さっきもう出たって言われて。擦れ違うはずなのに、おかしいと思って、この辺走って回ってみたら柚木が倒れてたから。びっくりした」
「びっくりさせて申し訳ございません」
「いや、それはいいんだけど。本当どうした?」
……比良くんに心配されている、おれ如きが……比良くんの貴重な卒業旅行を引っ掻き回している……。
「か、帰る」
「え。具合悪いのか?」
「ち、違うけど」
「もしかして具合悪いの我慢して今日来たのか? 俺が誘ったから?」
そう。
比良に誘われて柚木は甘酸っぱいイベントにやってきた。
とてもじゃないが比良のお誘いを断るのは恐れ多い気がして……。
「キャンプ場のスタッフに近くに病院あるか聞いてみるか」
柚木は首を左右にブンブン振った。
これ以上比良を心配させてはいけないと、咄嗟に、うそをついた。
「ちょ、ちょっとゲームのし過ぎで昨日の夜寝てなくて昼寝しよっかな~って」
「こんなところで?」
「ざ、斬新じゃん? 神社でお昼寝って一回くらいしてみたいじゃん?」
「罰当たりそうだな」
「と、とにかく平気、大丈夫、うん、やっと目が醒めてきた、ちょっと寝惚けてたのかも、おれ」
柚木のあからさまなつくり笑顔を比良はじっと見、おもむろに立ち上がり、放置されていたレジ袋を持った。
「おれ持つよっ?」
「みんなのお菓子、一口ずつもらう予定だから。俺が持つ」
落ち着いたブルーのダウンとグレーのパーカーを重ね着し、細身シルエットのボトムス、頑丈そうな紐靴を履いた、アウトドアコーデがキマッている比良。
一方、アンダーウェアからアウターまで某ファストファッションブランドで統一した地味色コーデの柚木。
「行こう、柚木」
はぁ、同じ男でも惚れ惚れする。
大学生になった比良くんもかっこいいんだろうな。
こっんな硬派なイケメンなのに、高校が別々になって中学時代のカノジョと自然消滅、それからずっとフリーだなんて世にもふしぎな話だ……。
それにしても。
何だか違和感があった。
コテージの個室トイレでその違和感の正体に気がついた柚木は……人生かつてないくらいの顔面蒼白になった。
「ゆーくん、おかわりは? もういいの?」
「あっ、うん……もうおなかいっぱい」
「なんか元気なくない?」
「淋しいんか? 俺らと離れ離れになるの淋しいんか!?」
「う……っまた卒業式のこと思い出したら……泣けてきた……っ」
柚木はほっとした。
夕暮れ時の晩ごはんタイムだった。
室内でカレーを食べるメンバーもいれば寒い外でバーベキューを楽しむメンバーもいて、開け放した窓辺から思い思いに行ったり来たり、みんな大いに盛り上がっていた。
柚木を抜かして。
リビングのソファの隅っこでカレーを食べ終え、周囲が思い出話に華を咲かせている中、速やかにキッチンへ食器を片づけた。
みんな楽しそうで羨ましい。
高校最後の思い出づくりに夢中になってる。
突然、女の子のアレが生えてきたおれの苦しみなんか知りもしないで……。
「……知られたらおしまいだ、うん」
てか、どして?
昨日までなかったよな?
いや、昼前だってなかったぞ?
これって超常現象ってやつ?
実はおれ女の子だったとか?
じゃあ生まれたときからついてるチンコはなんだよ?
「わからん……」
いや、待て待て待て待て。
もしかしてだけど。
あの神社が怪しかったり?
そんなわけで密かに混乱の坩堝に陥っていた柚木は藁にも縋る思いで一人神社へ向かった。
動揺して心乱れる余り、誰かに行き先を告げる余裕もなく。
街よりも深い暗闇にあっという間に呑まれる山林の道を極端に少ない外灯を頼りに進んで。
件の神社へ。
「暗い……」
恐ろしく人気のない境内。
一ヶ所のみに設置された古臭い常夜灯の覚束ない明かりが却って不気味な雰囲気を漂わせている。
普段の柚木なら回れ右必須だが、今の柚木はそんなことどうでもよく、何か手がかりはないかと必死になって暗く寒い境内をうろうろしまくった。
……手がかりってなんだろう。
……突然、女の子のアレができちゃった、その原因がわかる手がかりって……なんなのさ……自分で探しておきながら何一つわからない……。
「うう……どうしよ……」
とうとう泣き出した柚木。
傍目にはヤバイ奴だ。
そんなヤバイ奴にゆっくりとかけられた声。
「柚木、大丈夫か……?」
草ぼーぼーな境内の隅っこにしゃがみ込んで絶望の余りグスグス泣いていた柚木は振り返った。
携帯するのに便利なミニ懐中電灯を手にした比良が立っていた。
今は明かりを消して、様子を窺うような眼差しで柚木のことを見つめていた。
「泣いてるのか?」
「ひ……比良くん、どうしているの……?」
「お前が一人でフラフラ外に出るの見かけて、気になって、追いかけてきた」
比良の優しさに柚木の涙腺は崩壊した。
ちなみに青少年としてちょびっと持ち合わせていたプライドも崩れ落ちた。
「ひっ、ひっ、ひっ……!!」
まともに「比良くん」とも呼べずに柚木は比良にしがみついた。
ぎゃん泣きした。
もしも下の歩道に通行人がいたら怖くなって走り去りそうなくらいのぎゃん泣きぶりだった。
比良は。
自分のダウンをぎゅうぎゅう握り締め、鼻水までだらだらさせて泣き喚く柚木の好きなようにさせた。
震える背中をポンポン叩いて安心させた。
ぎゃん泣き柚木を何にも言わずに受け入れた。
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