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36-平凡男子のおれがアレを授かりまして-卒業旅行編/受溺愛男前くん×男ふたなり平凡くん
まさかこんなことになるなんて。
大勢の同級生が参加した高校の卒業旅行。
男女合わせて十八名、キャンプ場のコテージに一泊、露天風呂つき、夜はバーベキューにカレー、みんな盛大にはしゃぎまくっていた。
「誰もお菓子持ってきてないの!?」
「誰か持ってくるかと思ってた」
「予約してるバーベキューセットにお菓子ついてなかったよね?」
「マシュマロはあった」
「しゃーない、コンビニまで買い行くか」
「バスから見かけたとこ? かなり歩くな」
一階のリビングルームでそれぞれ荷物を開け、肝心のお菓子を誰も持参していないことがわかり、送迎バスから見えたコンビニまで買いに行くことになって。
「おれ、行ってくる」
柚木 はおつかいに自ら名乗り出た。
「ウチらも行くよ、ゆーくん」
「あ、ううん。一人でいい。力仕事、自信ないから。代わりに買ってくる」
平均サイズをやや下回る体型。
中高万年帰宅部生徒。
高一のときに同じクラスの女子に告白し、玉砕して以来、甘酸っぱい青春から距離をおくようにしてきた不憫男子。
だから。
甘酸っぱい青春イベント代表さながらな卒業旅行に元々参加するつもりなどなかった。
地元の大学入学に向けてコツコツと予習したり、ゲームしたり、仲のいい幼馴染みの家でゲームしたり、インドアな春休みを過ごす気満々だった。
「あっ、比良くん、どこ行ってたの?」
おやつリストともらったお金を確認していた柚木は何気ない風を装って室内から外へ視線を向ける。
東屋風のバーベキューテラスで映える自撮りに励んでいたハデ女子グループがあからさまに色めいていた。
「管理棟に挨拶がてらこの辺ランニング一周してきた」
中心には比良 がいた。
いつだってクラスの中心にいるリーダー的存在。
一年から三年に渡ってどの教室でも人気があった。
元弓道部部長、長身しなやかスッキリ体型、短め黒髪、手入れナシのナチュラル上がり眉にキリッとした凛々しい顔立ち。
「崎田や広岡は?」
「サキたん? ひろぴ? 吊り橋〜って、変なテンションで吊り橋見に行っちゃった、小学生みたい」
ハデ女子グループからの写真撮影を断り、レンタル器具をセットしていたアクティブ女子グループに比良は声をかけた。
「ごめん、重かったろ、貸して」
「これくらい平気だよ」
「ん。ここに炭ついてる。ちょっと待って、とるから」
「っ……っ……!」
男前ルックスに加えて性格もよく、ダウンの袖で煤けた頬を拭ってもらった女子はホワぁぁぁっと舞い上がった。
あ、大堀さん、今ので比良くんに完ぺき落ちた。
室内にいて、ちょっと遠目でも、柚木は女の子が恋に落ちた瞬間が手に取るようにわかった。
高校三年間、ずっと比良と同じクラスだった。
何人もの女子が比良に惚の字になるのを目撃してきた。
『ごめん、わたし、比良くんのこと好きなの』
ちなみに告白した相手も比良に想いを寄せていた。
「……じゃあ、いってきまーす」
「はーい、ゆーくん、気ぃつけてね」
「クマが出たらダッシュで逃げてね」
「えっ……う、うん……おれの脚力で逃げ切れるかな……」
預かったお金をメッシュケースに入れ、大事そうにトートバッグに仕舞い、柚木は自分達が貸し切っているコテージを後にした。
天気は爽快。
清々しい風が吹き渡る、緑に囲まれたキャンプ場。
適度に距離をおいて建てられたコテージには家族連れやら男女混合グループやら、賑やかな笑い声が絶えなかった。
受付を兼ねた管理棟前を横切り、だだっ広い駐車場を突っ切って、キャンプ場を一端出る。
どこもかしこも山林だらけ。
渓流沿いの歩道を柚木はてくてく進む。
比良くんってほんとかっこいいよな。
告白して「ごめんなさい」された原因である比良に対し、僻むどころか、逆に柚木は憧れた。
文武両道、それでいて奢らず謙虚、すこぶる自然体、正にパーフェクト男子。
別次元の存在として捉えて純粋な憧憬の対象に……。
比良くんのことだ、きっとお肉焼くのも上手に決まってる、そして比良くんに焼かれたことでお肉も倍おいしくなる……お肉の元になった牛や豚も浮かばれるだろうなぁ……。
片道三十分、聞いたこともない名称のコンビニでお菓子をどっさり購入して柚木は帰路についたのだが。
「ちょっとお参りしてこ」
コンビニへ向かうときに視界に入っていた神社へ寄り道することにした。
両手に持ったぱんっぱんのレジ袋をガサガサ言わせ、古ぼけた朱色の鳥居が連なる階段を上り、無人の境内に到着。
雑草ぼーぼーな石段を踏み越え、これまた古めかしい社殿の前に立ち、荷物を丁重に下ろすと、お釣りの入ったメッシュケースからグフフ……ではなく、自分の財布から賽銭箱へ硬貨をいくつか投げ入れた。
「えーと」
なんてお願いしよう。
大学にはもう受かったし。
お父さんもお母さんも姉ちゃんも大豆(飼い犬)もじいちゃんばあちゃんみんな元気だし。
恋愛には無縁だってわかってるから祈願するのも今更だしなぁ。
あれ。
てかさ。
「うーん?」
おれってこんなコだったっけ?
道端で神社見つけて「わっ、神社! よっし、寄ろ!」なんてテンション上がって寄り道したこと、今まであったっけ?
合掌して目を瞑ったままの柚木は、なーんか釈然としないながらも、せっかくお賽銭も入れたので何か一つお願いしなければと躍起になった。
そもそも、お賽銭の意味を履き違えてるわけで。
願いが叶い、来たした福に感謝し、そのお礼をするためのお賽銭なのだが。
そんなこと知らない柚木の脳裏にぼわわわ~ん、ようやく浮かんできたのは憧れている比良だった。
そだな、比良くんのこと、お願いしよう。
神様、こんな平々凡々なおれが言うのも厚かましいかもしれませんが。
比良くんが幸せになりますように。
「はは……まぁ、おれが願わなくたって比良くんなら余裕で幸せになれるに決まってーー」
「おい、柚木、聞こえるか」
柚木はパチパチ瞬きした。
視界に写るのは真っ青な空、不揃いに張り巡らされたか細い枯れ枝、そして。
「大丈夫か?」
自分を心配そうに覗き込んでいる比良の男前フェイスだった。
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