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三限目の授業中だった。 期末テストも終了し、後はクリスマスやらお正月やら、楽しみでしかない冬休みを目前にして多くのクラスメートが浮き足立つ中で。 赤点をとってしまった柚木は真剣にノートをとっていた。 最初の内は。 集中力は徐々に乱れ、そわそわし始め、ちら……っ、廊下側前方の席へ視線を走らせた。 居眠りしたり、こっそりスマホを見ていたり、数人のクラスメートの向こうに比良がいた。 相変わらずの背筋ピーンぶりで姿勢正しく社会科教師の説明を聞いていた。 ただ、後ろの女子に配慮して、かなり壁の方へ体を寄せていた。 ……さすがだ、比良くん。 手にしたシャーペンをノートの上で一時停止させ、柚木は、斜め後ろからこっそり惚れ惚れした。 暖房の効いた教室で腕捲りされたセーター。 筋張った腕が何とも男らしい。 凛とした眼は真っ直ぐ前を見据えている。 教科書のページを捲る手は優れた造形をしていて……。 ……きゅん…… 「う」 思わず柚木は声を洩らしてしまった。 熱い。 体中どこもかしこもカッカしてきた。 特にアソコが……。 なんだこれ。 変質者じゃん。 完全やばい奴じゃん。 憧れてる比良くん盗み見して火照っちゃうなんて……。 「ゆーくん、大丈夫?」 いきなり隣の席の女子に声をかけられて柚木はギクリした。 「顔赤くない? さっきもなんか呻いてなかった?」 「え……ううん、気のせいじゃ……」 「ほら、やっぱめっちゃ赤い、熱あるんじゃない?」 「なになに、どした?」 「うわ、ゆーくん、顔まっかじゃね」 両隣、前の席のクラスメートに心配されて柚木は益々赤くなってしまう。 「なんだ、どうした、誰か具合悪いのか?」 ひぃっ……先生にまで注目され……。 音読が苦手、黒板で数学の問題を解くのも大の苦手、たとえ猛烈にトイレに行きたくなっても授業中の静寂をぶった切ってまで「トイレ行きたいです」と言えない性分の柚木は。 「すみません……具合が悪いので保健室行ってきてもいいですか……」 生まれて初めて蚊の鳴くような声で授業の途中退出を先生に請うた……。 三限目の授業半分を保健室で寝て過ごし、休み時間になって、教室へ戻ろうとした。 だがしかし柚木の足はトイレへ向かった。 教室から一番近い男子トイレの個室に入り、生徒の出入りがやがて途絶え、四限目の授業開始を知らせるチャイムが校内に鳴り渡った後、こっそり……。 ……はい、そーです、おれが学校の変質者生徒です……。 泣く泣くやむなく、だった。 こんなにも火照りきった体で教室に戻るのは苦、早退して家まで歩いて帰るのも苦、とにかく火照りを一端鎮めなければと、シコろうとしたのだが。 ……やっぱりコッチがいい。 個室の扉に背中をもたれさせて立った柚木はペニスより下へ利き手を這わせた。 すでに糸引くほどに濡れていたアソコ。 ぐっと唇を噛んで声を我慢し、静かな男子トイレの隅っこで遣る瀬無くいぢくった。 背徳感および自己嫌悪ならびに罪悪感。 大いなる性的興奮。 そんなものの板挟みになりつつも学校でのスリリングなひとりえっちに集中した。 だから。 コンコン、いきなりドアをノックされた際には度肝を抜かれた。 「もしかして、中にいるの、柚木か?」 比良の声が聞こえてくると脳天が地獄の釜並みに沸騰しそうになった。 え? は? うそでしょ? 誰か来たってだけでもおそろしいのに。 まさか比良くん来るなんて。 むりゲーぽよ……っっ。 「もしかして違うのかな、ごめん」 比良に謝られた柚木は反射的に口を開いた。 「おっ……おれ、柚木……です」 憧れの比良をスルーできずに泣く泣く返事をした。 「やっぱり。大丈夫か?」 「……えーと……」 「さっき保健室に行ってみたら、もう教室に戻ったって言われて」 「う……うん……?」 「入れ違いかと思ったけど、どこにも見当たらなかったから、まさかどこかで倒れてるんじゃないかと思って探してたんだ」 ドアの方を向いて比良の話を聞いていた柚木は目を見張らせた。 「比良くん、おれのこと心配してくれたの……」 なんておそれ多い……。 「もしかして吐いたのか?」 「えっ、ううん……あー、ちょっとお腹痛くて休んでただけ……」 「腹痛か。誰か薬持ってるかもしれない、昼休みになったら聞いてみる」 「そんな、いーよ……多分、もうちょっとで治りそう……」 「本当に? きつくないか?」 きゅん……きゅん…… ドア越しに比良と会話をしている間、ずっとアソコが疼いて、疼いて、疼いて仕方なかった。 「ぅ……」 「柚木?」 ほんとうそでしょ。 これってまさか。 あ、だめだ、もうーーーー 「ぅ……っ……っ……!」 咄嗟に柚木は自分の口を片手で覆った。 独りでにビクビクと揺れた腰。 見開かれた目がぶわりと濡れそぼった。 ……今、いっちゃった……? ……比良くんの声聞いただけで……? 「柚木……? お前、相当ツラいんじゃないのか? 痛いの我慢してないか?」 そんな優しく心配しないで……。 比良くんの声、なんでかアソコにめちゃくちゃ響いて、変になりそ……。 「ドア、開けてくれないか?」 喘ぎ出しそうになる呼吸をぐっと抑え、変に上擦らないよう注意して、柚木は恐る恐る口を開く。 「おれは、平気だから、比良くん、教室に、戻って、いいよ」 「柚木、でも」 「も、戻って、早く、お願い……落ち着かないし、一人にさせて、ほんと……」 「……」 まだ軽くブルブルしている腰、猛烈にきゅんきゅんしているアソコに困り果て、そんな台詞をやけっぱちに投げ捨てれば。 「ごめん」 比良にまた謝られた。 柚木の心はミシィッと軋んだ。 「あんまり無理するなよ」 それだけ告げて去っていったクラスメート。 ドアにへばりついた柚木は口をへの字に曲げ、額を擦りつけ、めそめそ泣いた。 「おれこそごめん、比良くん」 「ゆーくん、大丈夫だった?」 「まだちょっと顔赤いのな」 「インフルじゃないの? インフルじゃないよね?」 昼休みになって教室へ気まずそうに戻ればクラスメートに心配された。 「インフルじゃないよ、平熱だったし……」 比良は教室にいなかった。 彼は意識高い系運動部員らと食堂でごはんを食べるのが日課だった。 昼休みが終わりに近づき、比良が教室に戻ってくると、柚木は彼を極力意識しないようにした。 心配されといてなんだけど。 アイマスクと耳栓ほしい。 ……できる限り比良くんを吸収しないよう生活しないと……。 柚木の放つ拒絶オーラを察した比良はそれを受け入れたのか。 トイレでのことを尋ねてくることは一切なかった。 それから親身になって声をかけてくることも、体調を心配することも、なかった。 これまで通り、ただのクラスメートという味気ない関係に一瞬で逆戻りした。 そう、柚木は思っていた 「突然、ごめん」 比良くん……なんで……?

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