109 / 153
37-4
二学期最後の大掃除。
講堂での終業式も済み、大半の生徒らは適当に机を乾拭きしたり同じ場所をモップ掛けしたり、意識は完全に冬休みの方に傾いていた。
「比良くん、これあげる」
教卓を磨いていた比良の元へ違うクラスの女子が駆け寄ってきた。
ベージュピンクのマニキュアに彩られた指先で比良のセーターをちょこっと引っ張り、リボンのついた小さな紙袋を差し出す。
「これね、クリスマスプレゼント」
そばにいた意識高い系運動部員の皆様がさり気なく二人から離れていく。
ハデ女子グループは「うわ」「ウチらの前でふつー渡す?」「漲る自信」とモップ片手に通常トーンで言い合っている。
他の生徒らはチラチラ目をやったり、小声でヒソヒソしたり、黙々と掃除していたり。
比良はみんなの前でプレゼントを受け取った。
寒いのでマフラーをぐるぐる巻きした柚木は、濡れ雑巾で拭いていた窓越しに、恋愛マンガのワンシーンじみた場面を傍観していた。
そう。
男連中に一番人気があるかわいい女子こそ比良くんの隣にピッタシだ。
絵になるお似合いの二人……。
「みんな、それぞれ自分自身にとって有意義で健康的な冬休みを過ごしてくださいね」
担任の挨拶の後、今年最後の起立・礼をしていよいよ迎えた冬休み。
「どっかでお昼食べよーよ」
「ファミレスでガツガツ食べたい」
「おれ、パス、帰る」
「ゆーくん付き合いわる~」
「カノジョでもできた?」
「できるか、うっさい、フンだ」
寄り道するという友達と別れ、コンビニで適当にお昼ごはんを買って、飼い犬だけが待つ我が家へ柚木は帰宅した。
「大豆、ただいまー」
……別にお昼行ってもよかったんだけど。
……イマイチ気分が乗らなかったんだよなぁ。
最近、ずっとそんな調子である柚木は平日お昼のバラエティ番組をぼんやり見ながら味気ないお昼ごはんを済ませると。
「は……ぁ……」
着替えをさぼって制服を着たまま。
「ん……ん……」
寝具が汚れないよう自室のベッドに敷かれたバスタオル。
その上で俯せになった細身の体。
股間へ差し込まれた両手。
アソコに熱心に刺激を植えつけようと意味深に動く指。
「ふ……ぅ……ぅ……」
白昼の日差しを遮光カーテンで遮って。
家族のいない家で。
禁断のひとりえっちに没頭する。
「は……ナカ、ぐちゅぐちゅって……今日、すごい……」
同じ二階に部屋のある姉の帰宅がここ最近早めで、控えていた分、いつにもまして感じた。
「っ……っ……比良くん……」
学校生活ではなるべく吸収しないようにしているくせに。
ひとりえっちのときはちゃっかり頼っていた。
もしも自分が女の子で、比良とえっちしたら、そんな妄想をエスカレートさせて積極的に快感を求めて……。
……あれ。
……大豆が鳴いてる。
……もしかして誰か来たのかな。
性能のいい大豆センサーに気をとられて中断していたら、予想通り、チャイムが鳴った。
……お母さんは医療事務の仕事中。
……お父さんだって仕事だ。
……ねーちゃんは彼氏さんとクリスマス旅行中。
チャイムは一回のみ、家族でないことも決定していて居留守を決め込むことにした柚木だが。
大豆センサーがなかなか鳴り止まない。
特に呼びかけもなかったし、回覧板や届け物ではなさそうだ。
それにしては家の敷地内に長居しているようで……。
……不審者だったらどうしよう。
大豆が吠えてるから入ってこないハズ、あー、でもちょっと近所迷惑か、これ、セールスだったらしつこくてやなんだけどなぁ、野良猫なら問題ないんだけど。
「ふーーーー……」
柚木は渋々起き上がった。
部屋に常備してあるウェットティッシュで手をきれいきれいし、面倒くさそうに雑に服装を正すと、遮光カーテンの隙間から恐る恐る外を窺ってみた。
「!?」
通りから自宅を見上げていた人物が視界に飛び込んできて……口から心臓がボロリするかと思った。
「なんで比良くんいるの」
心臓の代わりに独り言がボロリした。
「突然、ごめん」
自分が不審者であるかのような挙動不審ぶりで玄関の引き戸を開けた柚木に、比良は、開口一番すまなさそうに詫びた。
「い……いや、別にいーんだけどさ……でも急にどしたの? ていうか、よくウチの場所知ってたね?」
両足にサンダルを突っかけて玄関床に立つ柚木が尋ねれば。
「柚木にプレゼント」
そう言って、手にしていたコンビニ袋をガサリ、二人の間に掲げてみせた。
「ぷ……ぷれぜんと?」
「肉まん」
「に……にくまん?」
「好きだったよな」
セーターの上にネイビーのピーコートを羽織った比良は人当たりのいい笑顔を浮かべた。
「本当は柚木が一番好きなエビ天、買いたかったんだけど。コンビニになかったから肉まんにしたんだ」
……笑顔が眩しい……。
「……あれ、エビ天が好きって比良くんに言ったっけ、あっ、こらっ」
柚木の足の間から大豆が飛び出してきた。
「この子が大豆?」
教えた覚えのない飼い犬の名を口にした比良は、柚木にコンビニ袋を手渡すと、その場にしゃがみ込んだ。
人懐っこい大豆を両手で撫でる。
きゃんきゃん鳴かれると「すごく可愛い」と笑顔を深めた。
……飼い犬ながらワンコと比良くんの組み合わせ、プライスレス……。
引き戸にもたれ、微笑ましいにも程がある光景に思わず見入っていた柚木は。
わざわざ肉まんいっこをプレゼントしに自宅まで来てくれた比良におずおずと声をかける。
「比良くん、あの……せっかく来てくれたんだし、ウチに……上がってく……?」
抱っこした大豆が懐で嬉しそうに身悶えるのを見下ろしていた比良は柚木の方をぱっと見た。
「いいのか?」
急な訪問に驚く余り、ずっと避けていたはずの比良を家の中へ招いたことを、その瞬間、柚木は後悔した。
……そんな最上級の笑顔向けられ続けたら、心臓もアソコも持ちませんよ、おれ……。
ロード中
ロード中
ともだちにシェアしよう!