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「もしかして昼寝するところだったか?」 なんてこたぁない平凡部屋へ比良を招き入れたところで柚木はハッとした。 大慌てでカーテン全開、ついでに窓も開けて空気入れ替え、ベッドに置きっぱなしにしていたバスタオルを丸めて隅っこへ押しやった。 「ど、どうぞ、コチラへ」 勉強デスクの回転イスへ促すと、羽織っていたコートを脱いで背もたれにかけ、比良は腰かけた。 「ありがとう」 あれ、おれのイスがどえらく高級品に見える、気のせいかな。 「えっと、飲み物どうしよ、麦茶かあったかいお茶かコーヒー牛乳か、」 「お茶、自分のがあるからいい」 「あ、そう……そっか……」 しーーーーーーーーん 一階で寝かしつけてきた大豆のイビキが聞こえてきそうなくらいの静寂が押し寄せてきて、柚木は、自分の部屋だというのに不審者みたいにウロウロした。 「柚木も座ったら?」 比良に声をかけられてベッドにあたふた腰掛ける。 せっかく来てくれた彼に失礼があってはならないと、不快な思いをさせてはだめだと、そういえば正に適した話題があったことを柚木は思い出した。 「比良くん、今日、平岡さんにプレゼントもらってたよね」 比良は窓が全開にされてやたら風が吹き込んでくる部屋の中を見渡していた。 「なんか映画とかマンガみたいですごかった、二人、すごくお似合いだった」 「プレゼントはもらってないよ」 落ち着きなく制服ズボンの膝のところを捏ねていた柚木は目をパチクリさせた。 前屈みになって両手を組んだ比良は、微苦笑し、続ける。 「後で平岡に返した」 「えっっっ」 「本当は、ああいうの困るんだ。なるべく貰わないようにしてる。今回は教室で周りの目があったから、その場で返すのは本人に悪い気がして受け取った。でもホームルームの前に呼び出して返したよ」 う、わ、ぁ……。 呼び出されたら、絶対、期待しちゃうじゃん……。 それでプレゼント返されるって……。 地獄の幕開け……。 「ヒく?」 自信満々だっただろうモテ女子の心境を慮っていた柚木は、返事に困って、固まった。 「プレゼントって。好きな人からじゃないと意味なくないか?」 うわぁぁぁ、一度でもいーから言ってみたーい。 おれなんか友達からでも余裕で嬉しいけどね。 親からでもねーちゃんからでもガチで嬉しいけどね。 「冷えるから食べた方がいい」 「えっ?」 「肉まん」 「あ……そだね、うん、比良くんありがと、いただきます……」 ……いやいや、食べづらいわ。 ……比良くんに見られながら、おれだけ肉まん食べるの、拷問並みにしんどいわ。 コンビニ袋から取り出してみれば。 まだ湯気が漂うホカホカな肉まん。 柚木は、はんぶんこ、した。 いつかの比良みたいに綺麗に割れずに、明らかに大きさが偏った、ぶきっちょなはんぶんこだった。 「比良くんも、ハイ、どーぞ」 立ち上がった柚木は大きい方を比良へ差し出した。 「柚木、これ、俺の方が明らかに大きい」 「いーよいーよ、食べて食べて」 「あ。そっちの中身、落ちそうだ」 「へ……? わ、ぁ……?」 大きい方を一先ず受け取った比良は、柚木が手にしていた小さい方から零れ落ちそうになっていた肉まんの具を、ぱくっ、食べた。 腕に手を添えられて。 一瞬、皮膚の薄いところを比良の唇が掠めていった。 「おいしい」 上目遣いに見つめられて。 ぶわああああっ、柚木はほっぺたを赤くさせた。 どっ、どっ、どっ、どっ、鼓動を爆走させた。 「今ので柚木の分が益々減った」 「え……いやいや……それくらい……」 「俺の、あげるから」 比良は自分の大きい方から、一口分、器用に肉まんを千切ると。 まっかになった柚木の顔のすぐ真ん前に差し出した。 普段ならば手で受け取っていただろう。 だが距離的に、条件反射で、ついつい。 柚木は餌付けされるみたいに比良の指先から肉まん一口分を、ぱくんっ、した。 前回、比良とはんぶんこしたときよりも、もっともっとおいしく感じられた。 「おいしいか?」 目を伏せた柚木はコクリと頷いてベッドに戻った。 小さい方もむしゃむしゃ食べ終えて、また制服ズボンをこねこね、落ち着きのない様子で甚だ疑問に思った。 ……そもそもなんで、肉まんいっこのプレゼント、わざわざおれんちまで持ってきてくれたんだろ……? 「前にも、こんな風に、はんぶんこしたな」 柚木よりも先に肉まんを食べ終えていた比良は、ペットボトルのお茶を飲んで、口を拭った。 「うん、した」 「本当は」 「うん?」 「あのとき、二つ買えるお金、財布にあったんだ」 「あ……そーなんだ?」 「でも柚木とはんぶんこがしたくて」 「え?」 「うそ、ついた」 「え……? へぇ……? うそつかれちゃったんだ、おれ……? ふーん……?」 ………………。 ほんとなにそれどーいう意味? 会話では聞き流してみたけど? おれ、ぜんっぜん理解できてないよ? 「次の日から柚木の態度がおかしくなったから、気に障ることしたのかなって、気になってた」 ベッドで強張っていた柚木は伏し目がちに話をする比良を遠慮がちに見つめた。 「無意識に柚木のことを傷つけたのかもしれないって、そう思うと声をかけれなかった。具合悪そうだったときもトイレで拒否されたし」 柚木に嫌われたのかと思った。 「そんなわけ」 嫌われた発言に衝撃を受けた柚木は即座に首を左右に振った。 「まさか……そんなわけないよ……比良くんを嫌いになれる人間なんてこの世の中に存在するわけ、」 「本当に?」 伏せられていた視線が自分に向けられたかと思えば、ひた向きに真っ直ぐに注がれて、柚木は閉口した。 「無理してないか? 部屋に上げてくれたのも、肉まんを食べてくれたのも、仕方なくじゃないか?」 常に凛と煌めいていたはずの双眸が、淡く濡れ、縋るような切なげな眼差しを紡いでいた。 「俺のこと嫌いじゃない……?」 あ。 どうしよ。 しぬ……。 「しぬ……」 「死ぬほど……嫌い……か?」 柚木は、ぎょぎょぎょぎょぎょっ、した。 「うわぁッ、ちがッ、違う! 嫌いなわけない! おれはっ、比良くんのことずっと憧れてるし! 尊敬してるし!? なんでもかんでも持ってる比良くんのこと、すごいって、いっつもずっと思って、た、ッ、くしゅん! さむッ! 寒い!」 自分で窓を全開にしておきながら急に寒がり始めた柚木に、比良は、ほっとしたように小さく笑った。 イスから立ち上がると窓を閉めた。 騒々しくない、静かな手つきで、ロックまでした。 「あ、ごめ……ありがと……」 そしてイスには座らずに。 柚木のすぐ隣に腰かけた。 「よかった」 制服ズボンをこねこねしていた柚木の手を、そっと、上から握った。 「ずっと柚木と仲よくなりたかった」 自分の手を覆い隠した大きな手をありえないものでも見るようにガン見している柚木。 すぐ近くで聞こえた台詞も幻聴かと思った。 同じ教室にいても属する世界が違う、誰もが羨むパーフェクト男子が、こ……っんな何の変哲もない平凡やろーと仲よくなりたいなんて、ちゃんちゃらおかしい、まじありえない、そう思った。 「あ」 肩に腕を回された。 服越しに比良の体温がじわりと伝わってきた。 「二年でも柚木と同じクラスになれて嬉しかった」 抱き寄せられた。 もっと比良の体温が、息遣いまで、柚木の肌身に伝わってきた。 ……おれ自身がどきどきしてどーする。 ……もしも自分が女の子だったら比良くんと、そう、あれは仮定の妄想ごっこでしかなかったハズなのにーー 「三年も、その先も、柚木と一緒にいたい」 顎を持ち上げられて。 キスされて。 その微熱に柚木の何もかも溶けそうになった。

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