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「ゆーくん、遅かったじゃん、ドリバ混んで……え? え? え?」 三階の部屋へ戻ってきた柚木に合コンメンバーらは皆驚いた。 「なんで比良くんがいるの?」 柚木と同じ学校の男子サイドはまさかの特別ゲストにただただ度肝を抜かれて。 「ガチの比良くん……ナマで初めて見たぁ……」 女子サイドはすでに方々で聞き知っていたダントツ男前の登場に次から次に照れた。 「下で柚木とバッタリ会ったんだ」 丁度マイクを握っていた男子もびっくりして歌うのを中断し、大音量の音楽が流れる中、ドリンクが並ぶトレイを持った比良はよく通る声で言う。 「合コンしてるって聞いたから。俺、合コンの経験がないから見学させてもらおうと思って」 当の柚木は優れない顔色で比良の背後にばつが悪そうに控えていた。 『あ、あのね、比良くん、欠員が出たからって、おれ、駆り出されちゃって?』 一階フロアのドリンクバーにて、比良の真顔直視攻めに耐えられずに柚木は慌てて言い訳した。 『合コンの話は前にされてたんだけど、そのときは断ったんだよ? でもっ、今日の朝いきなり電話がきて? 二人も来れなくなったから来てほしいって頼まれて……だから……』 長々と続行される真顔直視攻めに柚木はそれ以上言い訳ができなくなった。 『比良? どうした?』 いきなり離れていった比良を追いかけて弓道部の同級生がやってきた。 『一時間待ちだって、外出て時間潰そう』 『悪い。俺、用事ができた。柚木の合コンに行ってくる』 『え!!??』 一番驚いたのは柚木だった。 『いいよな、柚木』 弓道部仲間や一緒にいた合コン相手、ソファから熱視線を送る同世代女子らには目もくれず、あくまでも自分のみを直視してくる比良の迫力に押されて断ることもできずに。 「オレンジジュースは誰の?」 「うわ、もらうもらう、なんかごめんなさい……」 「コーラもらいますっ」 現在に至るわけである。 「比良くんのこと知ってる、前に中総体の開会式で選手宣誓してたよね?」 最初は上級ルックスに照れていた女の子らだが、こんな機会は滅多にないと、徐々にテンションを上げ始めた。 「わたしも知ってる、体育祭の部活対抗リレーのアンカーで一位とったの見た!」 「なんかの大会で優勝して新聞に載ってるの見た!」 まー、比良の話題が出るわ出るわ、明らかに先程までとテンションの違う女の子らに普通男子らは若干ヒいている。 比良は黙って聞いている。 隣に座って血の気が失せかけている柚木の肩をしっかり抱いて。 ……怒ってる、比良くん、かなり怒ってる……。 あの顔でずっと直視されてると睨まれるよりダメージが大きい。 最早、神々しいレベルで心臓に悪い。 「すずきくん、比良くんとそんな仲いいんだね」 縮こまっていた柚木が答える前に。 「すずき?」 比良がいち早く反応した。 「偽名まで使って合コンに参加するなんて常套手段みたいだ、柚木、合コンに相当慣れてるんだ?」 柚木はぎょぎょぎょっ、した。 「ち、違う、最初の自己紹介でみんなが聞き間違えただけで、そもそも合コン慣れてないしっ、まだ二回目だしっ」 「二回目?」 頻りに話しかけてくる女子の好意もそっちのけ、聞き捨てならない台詞に比良は再び俊敏に反応し、柚木は……己の失言を後悔した。 「いや、あのね……かなり前の話……そのときも今回みたいに人数合わせで出されただけ……です」 本当にその通りだった、連絡交換だって誰ともしなかった、どちらかと言えばあんまり思い出したくない、苦い経験だった。 「ひ……比良くん……」 肩を抱かれたまま、また真顔で直視されて、柚木はヒィィ……となる。 「な、なんか歌って、比良くん」 心臓に悪い真顔直視攻めを回避したくて駄目もとで強請った。 「ほんと! 比良くんの歌聴きたい!」 「曲入れるよっ? いつも誰の曲歌うのっ?」  盛り上がる女子、盛り下がる男子も視界に入っていない比良は柚木にのみ視線を注いで尋ねた。 「柚木、俺に歌ってほしいのか?」 柚木は……コクコクコクコク頷いた。 すると。 比良は自分で検索して、送信して、柚木のすぐ隣で一曲歌ってくれた。 「天は二物を与えず」という言葉、あれは嘘だったんだ、天は比良くんに何でも与えまくりだ、柚木及びその場にいた全員はそう思い知らされた……。 「名前、すずきじゃなくて柚木なんだ」 歌い終わった比良は美声の余韻に浸かっている一同を見渡して言った。 「じゃあ俺と柚木はもう帰る」 「へっ?」 「行こう、柚木」 「わわわっ、ちょっと待って、あれっ、ちょっ、比良くん、比良くーん!?」 ぼーーーっとしている一同に端的に別れを告げた比良。 腕を掴まれ、立たされて、そのままカラオケ店の外まで連れ出された柚木。 幹事にお金を渡す、アウターを羽織る、そんな暇も一切与えられなかった。 ニットにカーゴパンツというインナー姿に寒風は応え、しかし腕を掴みっぱなしの比良の手を振り解くなんて恐れ多くて。 ジップアップのフードパーカーとトートバッグを片腕で抱き抱えてひたすら引っ張られていくしかなかった。 「っ……比良くんもカラオケとか行くんだ? 歌、すっごい上手だったよ?」 いつにもまして人通りの多い週末の街中を大股で歩く比良の横顔に問いかけてみれば。 シーーーーン 見向きもされず、ただ沈黙が返ってきて、柚木は口をへの字に曲げた。 お、怒ってる、やっぱり怒ってる、比良くん。 しかもかなり怒ってる……? 「比良くん、怒った……?」 そう問いかければ、カラオケルームを出てからずっと無言でいた比良は、やっと口を開いた。 「怒ってるどころじゃない」 「え」 「絶望した」 「えぇぇぇえ?」 街角で足を止めた比良は呆然としている柚木にいつにない早口で続ける。 「別にあの場で本名教えなくてもよかったな」 呆然としながらキョトンした柚木を見下ろし、掴みっぱなしの腕は離さず、凛とした眼に珍しく剣呑な悪感情を翳した。 「ついイラっとして弾みで言ったけど、今思えば教える必要なんか全くなかった」 ガーーーーーーン 「ひ、比良くんのことイラつかせてごめん」 「……」 「あの、そろそろ腕離してもらってもい? ちょっとそろそろ痛いかな~……?」 「………………」 「痛くないです、平気です、ハイ」 上級ルックス故、いつどこにいても注目を浴びる比良だが。 ちょっとばっかし怯え気味の柚木に人目もまるで気にせずに沈んだ声色で問いかけた。 「柚木、本当は<千果ちゃん>みたいな人と付き合いたかったか……?」

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