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「ちょっとごめんねー、君って大学生?」 夕方の浜辺で余所様の飼い犬と戯れていた柚木ははっとした。 「わたし達、向こうのホテルに泊まってて、今からバーベキューするんだけど」 「よかったら君も来ない?」 海岸に散歩にきたら早速ナンパされている比良に口をあんぐりさせた。 なだらかに連なる砂浜に繰り返し打ち寄せる波。 海沿いにはホテルやレストラン、アクティビティスポットなど、観光客向けの施設が並んでいた。 どの建物も生い茂る緑も西日に染まっている。 海岸端に位置する、二人が泊まるレンタルハウスはやや遠くに小さく見えた。 海風は冷たく肌寒く。 若者のグループやカップル、こども連れなど、皆が思い思いの時間を整備されたビーチで過ごしていた。 「すごく人懐っこいコですねっ」 愛嬌たっぷりなゴールデンレトリバーに全力で構っていた柚木は、飼い主にお礼を述べ、砂がくっついたお尻を上げる。 肌寒さも何のその、すでに薄着気味、スタイル抜群な三人の年上女子に囲まれている比良の元へ……にじり、にじり、にじり寄った。 しかし、なかなか声をかけづらい。 こっんな男前な比良の連れが、こっんな平凡な自分で彼の格を下げやしないか、どーしたもんかと躊躇していたら。 「お誘いありがとうございます。でも、彼と一緒に来ているので」 柚木は比良に引き寄せられた。 「じゃあ、友達くんも一緒に、ねぇ?」 「ご馳走してあげる」 ひょぇぇ……肉食女子って実在したんだ……と、未知との遭遇に柚木があたふたしていたら。 比良にぐっと肩を抱かれた。 思いの外、強い力で。 「彼との時間、今は誰にも邪魔されたくないので。お断りさせていただきます」 年上女子らは……はっきり断言した比良の潔さに見惚れた。 柚木も……他人事みたいに惚れ惚れした。 「行こう、柚木」 比良は柚木の手を引いて歩き出した。 笑い声や波音が奏でられる浜辺を、颯爽とした足取りで、迷いなく自分の手を握って進む比良に。 茜色した柚木のほっぺたはさらに色づいた。 「比良くん、人に見られるよ」 「こうでもしないと、柚木、ワンコを触りにいくから」 先程、毛並みの綺麗なワンコまっしぐらだった柚木は、慌てて自分の左手をチェックした。 ……よかった、さっきのレトリバーに丸呑みにされてたらどうしようかと思った、あのコにも比良くんにも土下座じゃ済まない事態回避できてよかった……。 左の薬指にほんのり燻る違和感。 アクセサリーに興味がなかった柚木にはむず痒い感覚だった。 「風、気持ちいいね」 「そうだな」 あれ。 比良くん、ちょっと声のトーンが落ちてる。 砂浜に着くなり、ふっさふさな毛並み目掛けて駆け寄っちゃったの、まずかったかな? 「柚木」 「あっ、はいっ?」 「帰ったらお風呂に入ろう」 ……お風呂って、あの外のお風呂のことですよね、つぅかまだ明るいんですけど、あそこほんとに人に見られないか不安で堪らないんですけど……。 どこかでカラスが鳴いている。 地球滅亡の瞬間が来ても繋いだ手を決して離すまいと、比良は、柚木を我が身に引き留めようとする。 最近、もっぱら彼の背中を押してばかりいた柚木は、美しい夕陽が一段と似合う後ろ姿にやっぱり惚れ惚れする。 やがてゆっくりと水平線の彼方に沈んでいった太陽。 「柚木は……旅行に来たくなかったか?」 比良からまさかの問いかけ。 初ジェットバスで挙動不審の極みにあった柚木はボコボコと噴き上がるバスタブ内で凍りついた……。

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