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そもそも柚木は比良とのお泊まり自体が初めてだった。
初にして二泊三日。
こんなおしゃれなレンタルハウスで二人きり。
もちろん昂揚感もあったが、果たして耐えられるのだろうかと、やはり多少の不安は拭いきれず……。
「買ってきたパン、食べよう」
昼過ぎ、中庭に面する扉を開けて清々しい風を入れ、二人は昼食をとることにした。
どこにいてもガラス越しに真っ青な空と海を一望できるリビングダイニング。
窓際のテーブルで向かい合い、近くのベーカリーで買ってきたパンを広げた。
「比良くん、後でお金ーー」
「いいよ、気にしないで」
気にしないわけにはいかない。
なにせ、比良はこのレンタルハウスの料金も自分がもつと言って聞かなくて、柚木は内心困っていた。
一体いくらするんだろう。
しかも二泊分。
とてもじゃないけど、比良くんに全部払ってもらうなんて申し訳……うわ、このパンめちゃくちゃおいしい、ソースうまっ、アスパラおいしいっ。
「このパンおいしいっ」
暖か味のある木製のダイニングテーブル、向かい側でむしゃむしゃパンを食べる柚木を比良は微笑ましそうに眺め、レンタルハウス付属のスープカップ片手に口を開いた。
「柚木、指輪は?」
柚木はむしゃむしゃの途中でかたまった。
「もしかして忘れたか?」
「ま、まさか! ちゃんと持ってきたし、バッグに入れてるし」
「してくれないのか?」
あれ。
比良くん、いつの間に指輪してる。
しかも、おれがもらったやつによく似てるような……。
「ハネムーンごっこなんだから指輪がないと始まらない」
……マジでそのごっこ遊びするつもりなのか、比良くん。
「でも、汚したり、落としてなくしたりしたら怖いんだけど」
「引き出しの奥に延々と仕舞われるよりも身につけてもらった方が嬉しい」
「……おれ、普段は引き出しの奥に封印、じゃない、仕舞ってるって比良くんに言ったっけ?」
比良はテーブルにスープカップを静かに下ろした。
顔の横に左手を翳し、薬指にて淡い輝きを放つリングを柚木によく見えるようにしてみせた。
「柚木とお揃い。ペアリングなんだ」
わぁ~、絵になるなぁ~、芸能人が会見で結婚しました的な報告するやつみたい~、比良くんかっこいい〜。
「俺が柚木のものだっていう証」
「ぶはッッ」
ランチを済ませて後片付けをしていたら案内所経由で宅配便が届いた。
「荷物が来たよ」
リビングダイニングの一角に設置された小さなキッチンから移動し、段ボールを開けている比良の背後に立った柚木はぎょっとした。
「……比良くん、値札ついてるんですけど、まさかこれ全部新品ですか」
「うん。ほら、お揃いのパジャマ」
まさか下着までお揃いじゃないよね……?
色違いのストライプ柄パジャマを広げて見せてくれる比良にぎこちない笑顔で対応していた柚木であったが、その目許がさらに引き攣った。
ピシッと折り目正しく畳まれて詰め込まれている衣類の中に、白い、フリルつきの、一点だけ異彩を放つ何やらぶりぶりしたものに意識を奪われた。
……あれ、エプロンかな?
……比良くんが着るのかな?
……おれに着せるつもりかな?
……。
よし、見なかったことにしよう!
「よかった、サイズ、ピッタリだ」
触り心地のいいサテン生地のパジャマを背中にあてがわれて。
優しすぎる感触に柚木の胸はぎゅっと締めつけられた。
高校最後のゴールデンウィーク。
おれなんかが比良くんを独り占めしちゃっていいんだろうか。
「夕方になったら海岸へ散歩に行こう」
おれにはもったいなさすぎて、現実味がなくて。
ここに来てから頭の中がずっとふわふわしてる。
高校卒業したら、その先は、どうなるのかな。
きっと教室が離れ離れになるどころじゃない。
『柚木と一緒のクラスがいい』
おれからしてみれば、階段の上り下りで済む隔たりの方が何倍も何十倍もマシなんだよ、比良くん。
目の前の「今」がしあわせになればなるほど、これから先の不安が気になって、そっちの方がやたらリアルに感じられて、重くのしかかってきて。
せっかくの初お泊まりなのに心から満喫できないや、ごめんね、比良くん……。
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