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第1話 保育所実習の朝
六月二日。
天気はというと、カラッと快晴の文句なし。
空高く雲雀が囀ずり、トンビが輪を描いて嬉しそうに鳴いていた。
そんな気持ちの良い日。
僕、麻生大夢(あそう ひろむ)は高まる心臓を落ち着けようと、深呼吸を繰り返した。
あーッ、いよいよだよ~。
嫌だなぁ…。
こんなにドキドキした事って、今まで少ししか無いと思う。
その中でも最高に緊張しているかもしれない。
「落ち着こう。緊張を解さないと」
僕は自分の気持ちを落ち着けようと、忘れ物がないかを再確認した。
初めから忘れ物を取りに家へ帰るなんて、そんな事は出来ない。
僕は玄関に腰を下ろすと、肩に掛けていた鞄の中身を確かめた。
実習日誌と実習の手引きと判子。
タオルにハンカチ、ティッシュと筆記用具…一応、腹痛止めの薬も入れて、と。
それとシューズも。
あとは、実習着。と言っても、名前の入ったエプロンなんだけどね。
よし、忘れ物は無し‼
「大夢、早く行かないと初日から遅刻するわよ?」
わわっ、もうそんな時間⁉
そんなにのんびりしていたつもりは無かったのに、母さんの声に僕は慌てて立ち上がった。
時計を確かめると八時十分。
そろそろ行った方がいいよね。
「それじゃぁ、行ってくるね」
「頑張って来なさいよ!」
僕が言うと、母さんは背中をバシバシと叩きながらニカッと白い歯を見せて笑った。
僕なんかより元気がいいんだから…本当に、もう。
それに母さんと違ってこっちは繊細なんだから、プレッシャーになるような事は言わないで欲しい…。
僕はそんな言葉に後押しされる形で『保育所実習』という一大イベントの為、家を出たのだった。
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