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第1話

大堀 日向 砂羽と指を絡ませ笑顔をこぼす女を見て、心がじりじりと焦げる匂いがした。 *** 空の天井は随分高く、薄く開いた窓の隙間から、甘く芳醇な香りが漂ってくる。 白く美しい花びらを持つクチナシの香り。 華麗な花から放たれるその魅惑の香りに、虫たちが集う。 幸せを運ぶという花言葉を持つその香りとともに、俺のもとへ不幸が訪れた。 麗しい花に集まる虫たちのように、人間社会でも優れたものに人は集まる。 見目が秀でている。 頭が冴えている。 金がある。 そんな何かを持っているものに集まって、その綺麗な花びらに自分の醜い部分を隠して欲しいと……そう願う。 俺もそんなことを願うちっぽけな虫の一匹で、耳障りな羽音を響かせながら、その綺麗な花びらに縋っていた。 だけど、その醜い羽も無残に床に落ちていく。 虫には必ず天敵がいて、空を自由に飛び回る麗しい鳥たちに、地べたを這いまわる蟲が敵うわけはないのだから。 *** 月曜日5限の5分前。 学部の必修授業のはずだが、授業を重ねるごとに空席が目立つようになった。 学校をさぼる学生が増えてきた中、俺は今日もここにいる。 重だるいこの時間さえ、俺にとっては至福の時間。 手の中にある携帯を睨みながら、窓の外をちらちらと見つめる。 幼馴染の砂羽が来るのを今か今かと待っていると、天敵の鳥が目に入った。 ――またかよ……。 整った横顔を遠目に見つめ、心臓がぎゅっと狭まる。 強い日差しに照らされた横顔はやっぱり綺麗で、背中が見えなくなるまでその姿を見つめ続けた。 燻る感情には蓋をして、軽い鞄を持つと、授業を待たずに教室を出る。 これから砂羽とあの幸福そうな鳥の背中を睨みながら、大人しく授業を受ける気にはとてもなれない。 楽しみだったこの時間は、あの鳥の存在で最悪なものに変わる。 砂羽たちとはすれ違わないようトイレでしばらく時間を潰し、本鈴を聞きながら校舎を後にした。 背中に張り付くシャツがひどく不愉快で、蝉の声が煩わしい。 しかしそれ以上に、先ほどの砂羽とあの女のことが頭に張り付いて、煩わしく思った。

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