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第2話

別に、これが砂羽にとって、初めての彼女ではない。 2ヶ月前には、ショートボブの女と楽しくカフェテリアで飯を食っているところを見ているし、半年前にはギャルっぽい女と恋人繋ぎで校舎を堂々と歩いていた。 砂羽が女好きなこともモテることも、ちゃんと分かっている。 筋張った身体ではなく、柔らかなハリのある肌を好むこと。 薄めの顔立ちではなく、華のあるハーフ顔を好むこと。 ストレートの黒髪ではなく、柔らかな髪を靡かせる隙のある女を好むこと。 つまり、砂羽の好みから、俺は確実に除外されている。 そもそも砂羽は、男なんて好きではない。 そんな砂羽のことを知っていながら、人生のほとんどの時間を砂羽への片思いに当てていた。 ――それなのに……なんで、この気持ちは消えてくれないんだろ? この感情を何度も諦めようとは思ったが、なくなるどころか……年々増しているような気さえする。 砂羽と出逢ったのは、小学生の時。 近所に住んでいることもあり、人懐っこい砂羽とはすぐに仲良くなった。 バスケが上手くて女子の人気者だった砂羽のことを、ずっと憧れていた。 砂羽になりたくて見ていたはずなのに……いつの間にか、砂羽が目で追うものを俺も追うようになった。 見ているだけで幸せだったのに……すぐに、それだけでは満足できなくなった。 こっち向いて欲しくて、誰とも話して欲しくなくて、独り占めしたくて仕方なかった。 それからすぐに、手を繋ぎたくて、キスしたくて、触りたくて仕方なくなった。 憧れだった気持ちが、どんどん薄汚れた気持ちで汚れていく。 自分の感情が自分で理解出来なくなっていく。 憧れと好きの境界線があやふやになっていた、中学時代。 俺は自分の性的指向に疑問を感じていた。 男子が下ネタを話すたびに、耳を塞ぎたくなり。 話についていけずに、愛想笑いと適当な相槌ばかりうっていた。 可愛いともてはやされる女子に嫉妬する癖に、鏡の前でその女子の真似ばかりした。 上目遣いや軽いボディタッチ。 わざとらしい甘えた声。 そんな可愛い女子を真似てみても、鏡に映る自分はひどく滑稽で。 そんな真似はバカバカしいと思いながらも、伸び悩んでいた小柄な背格好が功を奏し……ペットみたいだと可愛がられた。 男子が褒めてくれるのが嬉しくて、しばらくその女子を手本に媚びをうっていた。 しかし、媚びをうっていたのは中2までで、周りにカップルが増えてくると……そんなペット扱いが鬱陶しく感じるようになった。 ペットっていう表現は見下した言い方であり、何の意味もない言葉だと気が付いて。 男子が自分のことを可愛いという言葉と、女子のことを可愛いという言葉には、雲泥の差があることにも気が付いた。 路上に寝転ぶ猫を撫でるのと同様に……俺に触れるのは、それと同じくらい意味がないこと。 そのことに気が付くと、気のない男子たちに媚びを売るのも面倒になり……徐々に可愛いという表現も使われなくなった。 それからは、普通の男を装うことにした。 女子の体の変化には、最初から無頓着で 胸が大きいとか、笑顔が可愛いとか……そんな他の男子の会話を聞きかじって、なるべく話を合わせるようにした。 自分の発する言葉が自分の言葉ではなく、自分の中に他人がいるような違和感。 そんな毎日はとても窮屈で、閉鎖的で。 女子が毎日食い入るように大きな鏡で自分の顔を確認するように、俺も毎日自分の姿を見えない鏡で見つめていた。 クラスメイトに変な目で見られるの嫌で、見えない鏡で自分の姿を常に監視していた。 どうすれば普通に見えるのか、どうすれば周りから浮かないのか……それだけを気にしていた。 そんな、日頃の鬱憤を解消するように、ネットの世界に嵌っていった。 クラスでは普通の男を装って、ネットの中では自分を開放して。 虚空にいる薄っぺらい本物の自分と、現実にいるカタチある嘘の自分とを行き来して。 現実では大物俳優になったような気持ちで、常に男子高校生を演じ続けた。 そんな現実世界での窮屈感も、今では懐かしく思える。 それは、現実社会でも開放できる場所が出来たから。 そんな自分を開放できる場所に向かって、俺は足を向けた。

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