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第49話
俺が目を覚ましても、相葉は変わらずに隣で眠っていた。
繋いだまま眠った指先は、今朝になっても繋がれたまま。
昨晩よりは呼吸も顔色もましになったが、額に手を伸ばすとやっぱりまだ熱い。
額から滑り落ちていた生ぬるいタオルをもう一度冷やしてこようと絡まった指先を外したが、探るような指が布団の上を彷徨っている。
その指に恐る恐る手を伸ばすと、俺の手をがっしりと掴まれて……
思わず笑ってしまった。
起きている時は絶対見せないだろう相葉の弱いところを見て、よっぽど身体が辛いのかなと思いながら……
大丈夫だよと声をかけて、絡みつく指先を外してゆっくりと身体を起こす。
昨日散乱したままの湿った洗濯物を片づけ、相葉の額に冷たいタオルをのっける。
時計を見るとまだ6時前だったが、昨日何も固形物を口にしてないせいか、腹が空きすぎて前かがみになりながらキッチンに向かう。
昨日あんなにショックなことが起こったのに、それでも腹はすくんだな……と自分の食欲に呆れながら、冷蔵庫に入れっぱなしだったハンバーグをレンジで温める。
温めを待っているのも辛くて、サラダを立ったっまま頬張りながら、昨日相葉に取り上げられたスマホが点滅しているのに気が付いた。
それを開くと、砂羽からのLINEが一通。
戸惑いながらもサラダを胃の中におさめてから、ゆっくりと開く。
「電話いつでも待ってる。」
感情の見えない短文が並んでいて、胸がざわざわと落ち着かない。
軽い気持ちで電話を繋げる気にはなれなくて、スマホを見たまま佇んでいると、レンジが終わりを知らせる。
スマホは見なかったことにして、温めたばかりのハンバーグを夢中で食らいつく。
息苦しさに何度も咽ながら、大きな口を開けて無心で詰め込んでいく。
寝起きのハンバーグは流石に重かったのか、それとも昨日の出来事が脳裏に浮かんでいるせいか、妙に胃が重い。
砂羽のことを考えると心が重くて、重くて……
昨日枯らしていたはずの涙がまた溢れてきた。
いっそすっぱりと諦められたら楽なのに、割り切って付き合えたら楽なのに、そのどちらも出来そうにないから……
ただ、苦しい。
何もしていないといろいろと余計なことを考えてしまいそうで苦しいから、相葉用に何か消化のいいものでもと思って粥を作り始める。
冷蔵庫には卵くらいしかないから、卵粥を作っていると……
ベッドルームで咳き込む音が聞こえて部屋を覗いた。
起こさないようにそっとベッドに近づき、先ほど離してしまった指先を絡める。
長い指先に自分の指先を絡め、寝苦しそうに顔を歪める相葉の顔を見つめていると……
ゆっくりと瞼が上がった。
寝起きで視点の定まらない目で俺をぼんやりと捉えてから、絡めたままの指先に視点を移す。
眠ったままだから恥ずかしさもなかったが、目を開けたまま見つめられると、なんだか気まずくて……
繋いでいた手を外してから相葉の額に手を当てた。
「調子は?」
「……普通。」
赤らんだ顔でそんなこと言われても少しも説得力はないが、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して手渡すと、それを大人しく受け取って喉を潤わす。
そして、そのまま起きようと身体を起こそうとする相葉に驚いて、思わず肩を押した。
「まだ熱高いから、寝てた方がいいんじゃね?」
「いや、今日は予定があるから……。」
そう言って俺の手を押し返そうとする手の平はやはり熱く、声も身体もだるそうに見える。
それでも俺の話には聞く耳を持たない相葉のことを馬乗りになって抑え込むと、相葉はぎょっとした顔で俺を見上げている。
「今日は全部休み!看病してやるからお前は大人しく寝てろ!!」
そう言って布団を肩まで掛けると、相葉は薄い笑みを浮かべながらも抵抗するのを諦めたようだ。
相葉の胸から下りて、じっとりと汗ばんだ髪をかきあげる。
この分では、昨日着替えさせたシャツも湿っているに違いない。
そう思って、おずおずと声をかける。
「……着替える?」
「ああ。」
相葉は頷いたものの、腕を動かすのも気だるそうに俺をちらりと見上げる。
その目に促されて、少し躊躇いながらもボタンを外し、タオルで拭いてやる。
綺麗に割れた腹筋を拭っていると、熱があるせいか妙に熱い眼差しで見つめられて、非常にやりにくい。
セックスしたから身体も見ていたのに、変なことをしているわけでもないのに、顔に熱が籠もる。
見るなと言いたいのに、それすらも照れているのがバレそうで言い出せない。
無言のまま見つめられては変な気分になりそうで、頭を振りながら相葉を見上げる。
「なんか、鍛えてんの?」
「は?」
「いや、ガチガチじゃん……。」
普通にスポーツやっているだけではこんな筋肉はつかない気がするし、砂羽の付き方とも異なる。
でこぼこの腹を撫でながら見上げると、逆に不思議そうな目で見下ろされた。
「お前がぷよぷよなだけだろ。」
そう言ってシャツの裾から手を潜り込ませると、柔らかな下腹を軽く撫でられる。
「う、あ……。」
指先が熱くて変な声が漏れると、相葉が声を潜めて笑い出した。
咎めるように相葉を睨んでも、少しも堪える様子はない。
「……笑うな。」
「エロい声だしてんじゃねえよ。勃つかと思った。」
馬鹿にしたように笑いながら、下品なことを口にする。
「お前が急に撫でるからだろーが……。」
「腹を少し触っただけだろ?」
「元気なら自分で着替えろっつーの!」
病人の世話をしているのに、俺の方まで頭が痛くなってくる。
タオルを相葉の手に押し付けながらそう怒鳴ると、逆にそのタオルを俺に握らせてくる。
「看病するって、お前が言いだしたんだろ?」
そう言って、手首を掴んで自分の胸を触らせる。
相葉の肌は、鞣した革を張ったように滑らかで美しい。
「病人なら、大人しくしてろよ。」
「はいはい。」
軽く笑う相葉の身体を背中も綺麗に拭いてやってから、シャツのボタンを留めていると……
相葉が鼻を抑えて眉を寄せる。
「なんか、焦げ臭くないか?」
「え?あーーっ!!!」
一瞬でなんのことか合点がいって、躓きながらキッチンに向かうと、無残なまでに焦げ付いた鍋がある。
それを慌てて流しに運んでいると、自分でボタンをはめながら相葉がキッチンに踏み込んで俺の姿を冷たい眼で見つめている。
「ご、ごめん。」
「罰金1万な。」
そう言って笑いながら椅子に腰を掛けると、いつものように煙草を銜える。
「……俺、一生借金返済できないんじゃね?」
俺の言葉に軽く噴き出して、無言のまま紫煙が天井に立ち昇る様子をじっと見つめていた。
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