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第13話
「どうだった?」
「凄い迫力でビックリしました」
名波先輩にそう答えると、楽しそうに笑われた。
そして、ここでもやっぱり周囲の人の視線を痛いくらいに感じながらも、車に意識を移す。
「…あの…、なんでみんな、ボンネットを開けてるんですか?」
素朴な疑問だ。
だって、走り終わった人達は、ほとんどがそうしている。
僕の疑問には、隣に来た松浦先輩が答えてくれた。なんだか走り屋の先生みたいだ。
「これはね、エンジンの熱を早く冷ます為だよ」
「熱?」
「そう。通常の走り方なら何も問題はないけど、レッドゾーンぶっちぎるような走り方をした後だと、水温がアホみたいに上昇しちゃうのね。それが下がらないと次の走行が出来ないの。無理するとエンジンを痛めちゃうし」
「大変…なんですね」
その返しの何が可笑しかったのか、松浦先輩や名波先輩、更には総さんや加瀬さんまで笑いだした。
なんで笑われているのかわからずにいると、そんな僕の肩をポンっと叩いた名波先輩が、
「エンジンを冷やす役割のラジエーターも走り仕様に変えてはいるんだ。それでも、走った直後はこうしないと熱の下がりが遅い」
と、更に補足してくれた。
もう頭の許容スペースが無い。これ以上の知識が入ったら、最初に入った事から抜け落ちていきそう。
僕が眉間に皺を寄せて唸っていたら、その眉間を面白そうな表情を浮かべた松浦先輩に突つかれた。まるで玩具扱いだ。
結局その後、松浦先輩と名波先輩が交互に走り、常にどちらかが僕の傍にいてくれた。
1人で大丈夫だって言ったけど、本当は周りの人達の視線が怖くて、内心では凄く感謝していた。
途中、先輩達が「助手席に乗る?」なんて誘ってくれたけど、とんでもない。
見てるだけでも目が回りそうなのに、乗ってしまったが最後、情けない悲鳴を上げて縮こまるだろう自分が想像つくだけに、謹んで辞退を申し上げた。
そして気付けば時刻は2時。
興奮していて途中までは平気だったけど、さすがに眠気が忍び寄ってくる。
無意識に欠伸をしていたみたいで、それに気が付いた名波先輩がハッとした様子で顔を覗き込んできた。
「葵ちゃん眠い?」
「え、…あ、少し…だけ」
みんなが楽しんでいるところに水を差したくない。
だから、なんでもないのだと笑って見せたけれど、それが嘘だという事なんて敏い先輩達が気付かないはずはなかった。
「エン、今日はそろそろ上がろう」
「ん?…あぁ、そうだねー。今日は帰ろうか」
少し離れた場所で純さんと喋っていた松浦先輩だけど、振り返ってすぐ事情を察したらしい。笑顔で頷いた。
「ま、待って下さい!僕、全然平気ですから」
慌てて名波先輩の腕を掴む。でも、名波先輩の横にいた加瀬さんまで、
「帰ろうぜ。俺も今日は眠ぃわ」
なんて言って僕の頭を軽く叩いてきた。
ちなみに、加瀬さんは怖面でぶっきらぼうだけど、凄く優しい人だった。
僕がオロオロしている内に、名波先輩に横抱きにされて問答無用で車に運び込まれる。
来た時同様に、総さんが運転席に乗り、名波先輩は助手席。
松浦先輩の車も、加瀬さんが運転席に乗った。
互いに片手をヒラリと振って走りだす。特に言葉も交わさないのが、日頃の親しさの表れみたいで格好良い。
黒と赤のGTRが動きだすと、駐車場にいる走り屋さん達全員の視線が集中した。
先輩達が帰る事がわかったらしい人は、ペコリと会釈までしている。本当に凄い。
「眠かったら寝ていいから」
名波先輩の言葉に「大丈夫です」と答えた僕は、変なアドレナリンが再分泌されてしまったのか、眠気はまったく無くなってしまっていた。
そのまま松尾山を下り、いつもの市街地へ。
そして、来た時と同じ場交差点で松浦先輩達の車は横へ曲がっていく。その際に、後ろから軽くパッシングで合図を送られていた。
名波先輩は、開けた窓から手を出しただけ。どうやらそれが別れの挨拶らしい。
気が付けば無線は切られていて、車内は静かになる。
「葵ちゃん、今日は何も言わずに連れてきてゴメン。大丈夫だった?」
助手席から、名波先輩が気遣わしげに聞いてきたから、僕は慌てて首をブンブン横に振った。
「そんな、謝らないでください。凄く楽しかったです。逆に、僕がいたから先輩達は楽しめなかったんじゃないかって、申し訳なくて…」
「そんな事ないぞ」
すぐさま総さんが否定してくれた。本当にこの人達は優しい。自然と顔が緩んでしまう。
「今日は本当にありがとうございました」
前を向いている二人には見えないかもしれないけど、深々と頭を下げた。
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