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孤独と自由

『お兄さん。泣いてんの?』 あの日、大きな水槽の前でぼんやりと立ち尽くしていた吾妻にかけられた声。 それが吾妻の人生を変えた。 吾妻は人付き合いが苦手で、どうしても人に馴染めない性格をしていた。 だが、真面目で誠実で、どうにか就職できた会社でコツコツと頑張ってきたつもりだ。 それなのに大きなミスをしてしまった。 会社は辞めるしかないだろう。これまで大きな成果も上げてこれていないのだ。吾妻など、会社にはいてもいなくても同じだった。代わりはいくらでもいる。 ふらふらとあてもなく街中を歩いていると雨が降り出した。 目の前のビルのイベントスペースで、ちょうどアクアリウム展が開催されていた。吾妻は雨宿り代わりにそのアクアリウム展に入った。 最終日の夜、寒い日上に雨だったからか、客は空いていた。 水槽の中の華やかな魚達を見て、吾妻は余計に惨めな気持ちになった。 雨に濡れてもいい。早く出よう。 そう思った時、大きな水槽の前で吾妻は立ち止まった。 他の華やかなアクアリウムとは違って、随分殺風景で、地味で空虚な雰囲気の水槽だった。その水槽に魚は一匹だけ。 大きな古代魚が悠然と泳いでいた。年老いた魚なのだろうか? 鱗には傷が見られ、お世辞にも美しいとは言えなかった。 だが、たった一匹の傷だらけの古代魚は堂々と泳いでいる。 水槽の前のプレートには『孤独と自由 …清古 正志 Masasi Seiko…』と書かれていた。 ───孤独。 吾妻はずっと孤独を感じて生きてきた。家族仲が悪い訳でもない。イジメにあっていたわけでもない。少ないが友達もいる。……浅い間柄ではあるが。 ただ、人の群れに馴染めない。上手に生きられない。いつだって集団の中でひとりぼっちだ。 他人からは些細な事かもしれないが、吾妻には『普通に生きる』事が時折、難しく感じられるのだ。 吾妻は孤独だが自由ではない。皆に馴染めるよう、上手く話せるように努力して、努力して……がんじがらめになっていた。 この孤独な古代魚が羨ましかった。 一匹で堂々と泳ぐ魚の前から動くことができなくなり、吾妻は水槽の前に佇んでいた。 数分か、数十分か……どれくらいそうしていたのか分からないが、立ち尽くしていた吾妻は背後から声をかけられた。 『お兄さん。泣いてんの?』 泣いてる? 気が付かなかったが、自分は泣いていたようだ。声の主を見ると、短い金髪に髭を生やしたガテン系の青年だった。 『よかったら、これ使って。あんま綺麗じゃないけど』 デニムの後ろポケットに引っ掛けていたタオルを吾妻に差し出して、青年はニカッと笑った。作り笑いではない純粋な笑顔だった。 それが吾妻優雨(あづま ゆう)清古正志(せいこ まさし)の出会いだった。

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