38 / 38
笑顔の裏1
「吾妻」
上原は少し困ったような笑顔で、吾妻に近付いてきた。
吾妻は槇とのキスを見られたかもしれないと思い、言葉もなくその場に突っ立ったままでいた。
────ど、どうしよう!?
よりによって、ずっと苦手に感じている上原に見られるなんて………
「吾妻。今のは誰なんだ?」
「あ、あの………」
上原はにこっと笑って吾妻の肩に手を乗せた。吾妻はびくりと体を揺らしてしまう。
この笑顔が苦手だった。
爽やかな好青年そのものの笑顔だが、何故だか怖く感じてしまう。
「ここじゃ話しにくいだろ? 部屋にあげてくれ」
上原は吾妻の肩を抱きよせて小声で言った。その言葉に吾妻は顔色をなくして上原を見上げた。
上原を部屋にあげたくない。
上原は張り付けたような作り笑いで、断らせないように圧力をかけているようだ。その時………
「こんばんは」
「!?」
正志が上原の肩を掴み、吾妻から離すように下がらせた。
吾妻はパニックに近い状態だったので、正志に気付いていなかった。
「お疲れ様、優雨ちゃん。えっと、上原さんでしたっけ?」
正志は吾妻を隠すように上原の前に立った。上原は一瞬、嫌悪を露わにした顔をしたが、すぐにいつもの笑みを浮かべた。
「ああ、俺も仕事帰りなんですよ。たまたま吾妻を見かけたものだから」
「そうなんだ。ちょっと優雨ちゃんと大事な仕事の話があるので、失礼しますね」
「あ、ま、正志さん!?」
人当たりのいい正志にしては珍しく感じの悪い対応で、吾妻の手を引いてマンションの中へ入っていった。
「吾妻!」
上原が吾妻の背中に向かって声をかけた。
「また連絡するよ」
ふり返った吾妻は上原の笑顔にぞくりとしたのだった。
ともだちにシェアしよう!