125 / 126

第125話

「わり、下にいるから降りて来いって。じゃあな」 兄さんは大して気にするようでもなく、さっさと荷物をまとめ出した。 黒いウールジャケットを羽織ると、いつもよりシックな雰囲気になる。 「えーっ? 旦那も来ればいいじゃん、一緒に飲もうよぉ」 「SPと秘書にそこら辺で飲むのダメだって言われてんだとよ」 「えすぴーとひしょだって! カッコいいんだけど」 ゲラゲラ笑ってる間に会計も済ませ、ちらっと俺のカノジョの方を見た。 「こいつマジでバカだから疲れると思うけど、まぁよろしくやってやって」 なんて置き土産をして。カノジョの肩に軽く手を置いて、颯爽と店を出る。 「うー、つまんなぁい」 こんな時は飲み直すに限ります。カノジョに座るように促すけど、なんだか生気でも抜かれたみたいにぼんやりしてる。 「……どしたの?」 「いや、大人って感じだなと思ってさ」 「大人? はぁ、まぁ大人だよね」 言葉の真意が読み取れないままにビールを二人分注文すると、マスターが両手のビールをカウンターに乗せて、お会計は頂いてますからと言うのだった。 「え? まだ払ってないけど」 「先ほど一括でお支払いいただきました」 「え?」 すぐに兄さんのことだと思った。さすが、やることが随分スマートで。 「大人だなぁ」 カノジョが呟いた言葉の真意を知るのだった。 じゃあ、ありがたく頂戴するとしよう。また改めて、カノジョを紹介するとして。 「乾杯しましょーか」 いつものバーで、今日は大切な人と二人、幸せを噛みしめるとしますかね。 ―終-

ともだちにシェアしよう!