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おんぼろアパートのエアコンは効きが悪い上にカビ臭い。
大学の長い夏休みをここで過ごすと思うとうんざりする。
「だーいーちー!」
しかし 村上大智 は夏休み中、三日ほど帰省しただけで、早々にこのアパートに戻ってきた。
「おーい、だーいちー!」
何故ならば、今外から自分を呼ぶ大学の先輩、兼恋人の 坂本夏樹 と少しでも共に居たかったからだ。
「大智!開けてー!」
「すいません!今すぐ!」
チーターやサーバルキャットのような、四肢が細長い猫科の動物を彷彿とさせる風貌に、人懐っこい表情をした愛しの彼を思い浮かべて、大智は心を弾ませてドアを開けた。
「グワッ」
そこには先輩ではなく、真っ白な体に黄色いくちばしを持った、小さな小さなアヒルがいた。
「せ、先輩?」
「グヮグヮ」
「……う、嘘だろっ!?先輩がアヒルになっちゃった……っ」
「んなワケあるかボケッ!」
「ああ先輩、いらっしゃい」
大智が仰々しく嘆いていると、鋭いツッコミを入れた夏樹がカラカラと笑いながら外階段を登ってきた。
馬鹿な茶番を一区切りさせ夏樹を見ると、右手にウサギを飼うような大きなケージ、左手にくたびれた枕を持ち、そしてアヒルを連れている。
どう見ても少し変だ。
「こらこら、先に行っちゃダメだろー?あ、大智、そのアヒル捕まえて」
「あ、はい…………で、先輩は何しに来たんですか?」
「彼氏に向かってその言いぐさは無いんじゃない?」
「いや、いくら彼氏でも、突然アヒルを連れての来訪は無いっすよ」
「ハハハ、確かに。急で悪いんだけど……」
“しばらく泊めてくれない?”
普段であればその言葉に小躍りするほど喜ぶのだが、腕の中でグヮグヮと鳴くアヒルを見て、大智は一抹の不安を感じていた。
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