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第2話

窓からの陽射しに蒸し暑さを感じ目を覚ますと、俺に仕える使用人の声が響いた。 「梨人(りひと)様、そろそろ起きてください。もうすぐお昼ですよ」 「煩いな、まずはおはようございますだろ」 「…………。」 「神楽坂(かぐらざか)……おいっ!」 ため息混じりに挨拶をした使用人の神楽坂が時間を確認し、銀色の懐中時計をポケットに仕舞うと、施錠を外し窓を開ける。 「お遊びも大概にした方がいいですよ、もうすぐ旦那様も帰国されるんですから」 姫宮 梨人(ひめみや りひと)、名家の御曹司で次期当主……それが俺の肩書きだ。 リゾート施設の事業をしている現当主で社長の親父の後を継いで、行く行くは姫宮グループを纏める立場にある。 今は海外にいるその親父が近々帰国すると連絡があったのが数日前。 そんな立場で、三十路間近だと言うのにこうして毎日だらしない日々を過ごしている俺に、神楽坂は呆れたように今日も小言を口にする。 「縁談の件も旦那様が帰国したらお話すると申しておりました」 「そんなの親父が勝手に言ってるだけだろ」 「旦那様もご心配なんですよ。梨人様に早く落ち着いて欲しいと」 「仕事はちゃんとやってるだろ。他に関してはもう子供じゃないんだらほっとけよ」 「しかし……」 「分かったから、もう黙れ」 姫宮家の為と小さい時から叩き込まれた反動なのか、俺はかなりひねくれた性格な大人に育ってしまった。 それに比較的整った顔立ちな所為もあり、今まで近づいて来た女は家柄と容姿だけでしか興味を持たれず、そんなことばかりに疲れた俺はいつしか本気で人を好きになる事さえ面倒になった。その頃から男にも手を出し始め、夜遊びを繰り返すようになって今に至る。 そんな風にどんな時も家柄が付いて回る俺にとって、昨夜のあの場所は新鮮だった。 それはいくつかのパーティの招待状に混ざって紅色の封筒で届いた。 普通ならこんな気味が悪い封筒捨ててしまうんだろうけど、そう思わなかったのは、それ程日常に飽き飽きしていたのかもしれない。 だからその封筒が何の目的で誰が出したかなんて別にどうでもよかった。 差出人の名前はなく、中は“仮面舞踏会の招待状”の文字と、場所と簡単なルールだけが記されていた。 そして“仮面舞踏会”という表向きとは別の裏の顔があることを知ったのはそこに行ってから。 それは頬まで隠れるベネチアンマスクで素顔を隠し、家柄も本名も知らないまま割り切った遊びの関係と身体を重ね、その一夜を楽しむ事。 屋敷からそう遠くない所に建つ古びた洋館で毎晩行われているそれに昨夜初めて足を踏み入れ、そこで俺も名前も知らない男と事に及んで夜を明かした。

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