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「天宮くん。一緒に書店にでも行こうではないか」  夏の夕刻。僕は天宮くんの部屋を尋ねると、書物に目を落とす天宮くんに声を掛けた。  ビクッと体を震わせ、怯えを滲ませる天宮くんには苦笑いを禁じ得ない。 「そんなに怯えることはないじゃないか。この間の件はすまないと思っているよ」  僕は天宮くんに近づき腰を据えると、素直に謝罪を述べる。  鎌頼を交えた遊戯によって、天宮くんの精神衛生はすこぶる悪くなり、一時は遊戯さえままならない状態になってしまったのだ。  僕はそのことを実に悔いて、天宮くんとの遊戯を一時は断念さえしていた。 「君に謝罪の意を伝えたくてね。君が探していた書物を苦心の末に、見つけた出したのだ。これから取りに行こうと思うのだが、君も一緒に行かないかい?」 「書物ですか?」 「そうだよ。君が欲しがっていた(なにがし)の詩集さ」  天宮くんの目が見開かれ、白い蝋のような肌に微かに赤みが差す。久々に見た天宮くんの高揚を示した様子に、僕の心持までもが子供のような無邪気な感情が湧き上がる。 「でも……」  急に天宮くんの表情が萎んでしまい、視線を彷徨わせる。何か問題でもあるのだろうか。天宮くんは少しばかし、逡巡する素振りを見せるとポツリと「高いんじゃあ……」と言って俯いてしまう。 「もちろん、僕が支払うから金の心配は要らないよ。どうだね?」  何だそんなことかと僕は胸を撫で下ろす。僕はてっきり金輪際関わりたくないのに、義理など立てられても困る、といった意味で悩んでいるのかと思っていたのだ。 「良いんですか?」  天宮くんはやっと僕の瞳をひたと見つめた。最近は目すら合わせてくれないこともままあって、僕の方が精神を病んでしまいかけていたのだ。 「ああ、一向に構わないよ。店仕舞いになる前に行こうではないか」  僕がそう言って立ち上がると、天宮くんの細くしなやかな腕を掴んで立ち上がらせる。  天宮くんに断られたらそれこそ、瓶にでも詰めて僕から離れられないようにしてしまいたいとまで考えていた。  そんな事を近頃は思わざるを得ない僕は、どうやら精神に支障をきたす程に天宮くんを手放せなくなってしまっているようだ。

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