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 天宮くんと連れ立った僕は、早速懇意にしている書店に向かった。  夏の夕暮れはまだ空が仄かに明るい。文明開化の波に飲み込まれつつある街並みには、点々と白い光を放つガス街灯が灯され、黒塗りの四輪駆動車が街を颯爽と走り抜ける。  僕たちは一軒の古びた書店に入ると、夥しい数の本に埋め尽くされた本棚の間を縫うように進む。  店内の奥には、やや頭の寂しい中年の店主が書物に視線を落としていた。 「やぁ、あの本はもう届いているだろうか?」  僕が声を掛けると、店主が不機嫌そうに顔を上げたのち、ハッとしたように相好を崩す。 「これはこれは、坂間さんじゃあーありませんか! えぇ、もちろんご用意してありますとも」  普段は客を鬱陶しがるような卑屈な素振りを見せるくせに、まるで忠犬よろしく変わり身の早さには鼻持ちならない。  店主が後ろの棚から本を二冊取り出すと、「しかしまぁー、また何とも趣の違う本ですなぁ」と言って下劣な笑みを浮かべた。  余計な事を言うなと口から出かかったが、傲慢な奴だと天宮くんに思われたくないあまりに、僕は寸でのところで飲み込む。  包を受け取りさっさと金を払うと、ヘコヘコと頭を下げる店主を横目に店を出た。 「懇意の仲なのですか?」  隣を歩く天宮くんが、訝しげな表情で僕に問いかけてきた。 「僕ではなく、父と懇意の仲なのだよ」  僕は口調では穏やかさを装っているが、内心はあの店主のあからさまなおべっかのせいで、天宮くんに余計な疑問を抱かせているのだと腸が煮えくり返りそうになる。 「……そうですか。坂間さんの父上は何をなさっているのですか?」  天宮くんが躊躇いがちに、問を重ねる。やはり僕よりも目上の人間が、一介の学生如きにヘコヘコと頭を下げているのが気になるのだろう。 「父はいろいろと事業に手を出していてね。今の書店の土地も、父が工面した事もあって懇意になっているだけなのだよ」  天宮くんは少しばかし眉を潜めると、俯いてしまう。 「どうしたんだね? 何か問題でもあるのかい?」 「……何で貴方みたいな家柄の良い方が、僕なんかに執着するのか分らないのです」  天宮くんは悩ましげな表情で呟く。僕はその様子が何とも愛らしく思えてならない。 「何も気に病むことはない。僕は君を本当に気に入っているのだから、心配することはないのだよ」  天宮くんは何か言いたげな表情で僕を少し見上げるも、口を閉ざしてしまう。

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