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最終話

結局一緒に三度も出して、舌が動かなくなるほどキスをした。 気付けば外灯は消え、朝日が差し込んでいる。名残惜しいが、田舎の人間の朝は早い。 石段に戻って空き缶を片付け、完全に常温になってしまった残りのビールを回収して、こそこそと神社を後にした。賽銭箱の前にビールを供え、二人揃って深々と頭を下げたのは言うまでもない。 早朝の過ごしやすい涼しさと引き換えに夜の魔力を失った峠を、ビールを抱えて足早に戻る。 不思議なことに、勢い任せの情事後にありがちな独特の空しさはまるでなく、二人の間には秘密基地で遊んでいて門限を破ってしまった子供のような、悪戯を共有する空気ばかりがあった。 「俺ね、貴にぃが来てくれなくなって、マジで寂しかった」 息を切らしながら峠道を上る慶太は、言葉とは裏腹にすっきりとした顔で白い歯を見せた。光だけでなく熱まではっきりと伝え始めた太陽を、眩しそうに仰ぐ。 「貴にぃが好きだよ。小さい頃からずっと。でも貴にぃは、やっぱり夏休みとセットなんだね。それがわかって良かった。だって、冬の貴にぃなんて想像もできないもん」 それは告白であると同時に、中途半端になってしまった少年時代の淡い想いの清算でもあった。 「俺もお前が好きだよ。子供の頃から可愛いと思ってたし、今はすごくそそられる。だけどそれもやっぱり、ここでの夏とセットなのかもな」 言葉にすれば、お互いに身勝手な告白だった。 けれど、子供の頃から何ひとつ変わらない風景と、においと、暑さの中では、むしろわくわくとした共犯の喜びばかりが胸に湧く。 貴之はもちろん慶太も滅多に帰らなくなったこの場所は、子供の頃の夏を閉じ込めた箱庭のようだった。 山姥も鹿もまるで出そうに無い明るい峠の頂上を越えて、慶太は転がるようなスピードで駆けていく。それを追う貴之もまた、重力に身を任せて駆け下りる時特有の、羽が生えたような浮遊感を楽しんだ。 抱えたビールは半分近く泡になってしまったかもしれないが、それでも構わない。 子供のように笑いながら走り、汗びっしょりになって家に戻れば、既に起き出していた祖母が、竹箒を手に玄関の軒下の蜘蛛の巣を払っていた。 「そろそろお迎えが」と電話口で言っていた気弱さはどこへやら、貴之と慶太が抱えた缶ビールをひと目見るなり、烈火のごとく怒り出す。 「なんしとんじゃあ!夜中に峠越えるなんぞ、熊に食われるど!」 大目玉を食らった大きな子供二人は、しゅんとうな垂れながら祖母の説教を聞いた。だがなんだかそれもおかしくて、二人でこっそりと目を見交わして笑い合う。 「今日はどこで遊ぼっか」 近所には屋根と柱だけを残した廃屋もあれば、防空壕の跡すらあって、秘密基地候補には事欠かない。その手の場所は、昼間は近所の子供達の冒険心を擽るが、夜中には大人の欲望を唆す。 「大人の夏休みは短いからな。味わい尽くさないと」 秘密基地は、欲望も罪悪感も、今この瞬間だけ許される恋心すらも、優しく覆い隠してくれるだろう。 〈了〉

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