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イルカ 夕焼け 映画

──カランッ 電話を終えたスーツの彼が、店内へと戻ってくる。 ハッと我に返った僕は、慌てて携帯を仕舞い、彼に背を向けながら下瞼を拭う。 温めたカップ。 ドリップしたコーヒーを注げば、ほろ苦い香りが店内に広がっていく。 鼻から大きく吸い、胸の奥深くに押し込める。……もう二度と、あの時の感情を思い出さないように。 「お待たせしました」 テーブルに、コーヒーカップをそっと置く。 いつもとは違い、真剣な表情で携帯を操作する彼。 ストラップチェーンにぶら下がるシルバーチャームは、可愛らしいフォルムのイルカで。 窓から射し込まれる柔い光を反射し、携帯の動きに合わせてゆらゆらと揺れていて…… 「……あ、待って下さい」 僕に気付いた彼が、呼び止める。 脇に置いたビジネスバッグを漁った後、スッと差し出されたのは──映画のペアチケット。 「もし、宜しければですが……」 数回瞬きをした後、彼の口角が柔く持ち上がる。 僅かに、緊張した声── ……え…… 突然の事に、理解が追い付かない。 心臓が激しく暴れ回り、指先がじん…と痺れる。 ……もしかして…… 映画の、お誘い……? 見開いたままの瞳を彼に向けていれば、彼の瞳が僅かに和らいだのが解った。 数回瞬きをし、微笑んだ表情のまま優しい声で言葉を紡ぐ。 「……気分転換に、宜しければご友人か……お付き合いされてる方とでも」 「……」 ……お付き合い…… さっきまでの高揚感が、スッと解けていく。 脳裏を過る、悠の声。 もし、このまま受け取ってしまったら……誤解されるかもしれない。 僕に、恋人がいるって…… 揺らした瞳を伏せ、胸の前に抱えたトレイをぎゅっと握り締める。 「………あの、一緒に……」 声が、震える。 迷惑だったらどうしよう……そんな不安ばかりが募っていく。 感覚の失われた指先。 おずおずと視線を上げれば、目を見開いた彼と視線がぶつかり、瞬間、顔面がかっと熱くなる。 「……す、すみませ……」 「いえ。………是非、一緒に」 柔く瞳を細めた彼が、穏やかにそう答えた。 空が夕焼け色に染まる頃…… 不意に、僕の携帯が震えた。

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