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番外編 大輝が侯爵と呼ばれる理由

お題:クレマチス 侯爵 眠る ** 「小西女史! 侯爵の愛人が、逃げました!!」 勢いよく開いたドアの向こうにいたのは、汗だくの文化系男子。その彼が、堰を切ったように大声を上げる。 その瞬間、ザワッとする室内。 秋が深まる中、毎年恒例となった文化祭。 悠のクラスの出し物は、演劇。内容は、侯爵が愛人と心中するという悲劇もの。 しかし、小西と呼ばれた小説家志望の彼女が書いた台本が、発表当日の今日になってシーン変更となり、その内容を知った愛人役が逃走したのだ。 「ねー! この中に、愛人の台詞を覚えてる奴いる?!」 主役格である愛人がいなければ、当然幕は上げられない。 体育館裏で裏方がバタバタと動いている中、小西の質問に侯爵役の大輝が呑気に口を開く。 「……鳴川なら、俺の台詞相手してくれてたから、覚えてんじゃない?」 「──はぁ?!」 近くで機材を運んでいた悠が、眉間に皺を寄せて大輝を睨む。 「……ま、まぁ。台詞は変わらないし、鳴川チビだし。遠目なら、男も女も解らないか」 小西女史が腕組みをして唸る。 「解るわ! あほっ!」 「な~る~か~わ~」 「腹くくれやー」 衣装係の女子数人がぬっと現れ、じたばたする悠を羽交い締めにし、ずるずると引き摺りながら更衣室へと消えていく。 それを見送る大輝が、にまにまと満面な笑みを浮かべながら片手を振った。 そして開演── ひらひらドレスにウィッグ、化粧バッチリの悠が舞台に上がると、観覧席がざわついた。 歩き方。体つき。声。 どこをどう切り取っても男にしか見えない愛人に、GOを出した小西が腕を組んたまま眉間に皺を寄せる。 しかし劇が進むにつれ、真面目に取り組む二人の演技に引き込まれ、魅入る観客達。会場内に広がっていたざわつきは、いつの間にか消えていた。 そして、劇の終盤。心中するシーンに差し掛かる。 「マリエッタ。……やはり私が愛しているのは、其方だけだ。 其方の全てを、この私に捧げてくれないか」 「──ああ、侯爵様」 悠が女性らしく胸の前で両手を合わせれば、大輝がガバッと情熱的に抱きついた。 以前の台本では、二人が小瓶に入った毒を飲むシーンであった。 ……が、新しい台本を見ていない悠は、一瞬、何が起こったのか理解ができず。 「……!!?」 熱情を帯びた大輝の瞳が柔く閉じられ、悠の唇に迫る。 "……はぁ? 何すんだ大輝!" "何って、接吻" 驚きと怒りに震える悠に、大輝がいけしゃあしゃあと答える。 力尽くで押し退けようとする悠。それを許すまいと、涼しい顔をした大輝が強引に抱き締め、大輝の唇に、ぶちゅっと唇を押し当てた。 「おー! いいぞいいぞ!」 「もっとやれ!」 「何だこれ、くっそ面白ぇじゃん!」 観客席にいた同級生が、わっと囃し立てる。 その瞬間、それは悲劇から喜劇に変わり……ステージの袖で見ていた小西女史が、ラブシーンなんて追加するんじゃなかったと頭を抱えた。 そのまま二人が横たわり、情熱的にキスを重ねながら抱き締め合う。 すると、舞台が暗転。 クレマチスの芽が伸び、葉を広げ、花開いていく映像が、背後の大スクリーンに映し出された。 "くっそ大輝、覚えてろよ" "はいはい。性交しながらの心中だから、このまま静かに眠ろうか" 揶揄する大輝が、悠の頭をよしよしと撫でる。 こうして無事、文化祭は終わったものの── 「おい、エロ侯爵!」 「何だ? 愛人」 何かある度に、二人はお互いをそう呼び合うようになっていた。 《番外編終わり》

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