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コーヒー 忘れられない 無表情

軽く触れた唇が、直ぐに離れる。 お互いの吐息が交差し、甘く潤んだ瞳に見つめられた後……角度を変え、再び唇が重ねられる。 今度は触れるだけじゃなく。 差し込まれた熱い舌が、僕の舌を見つけて優しく絡まり── 僕を抱き止める、大きな手。 優しい温もり。 冷たい空気に曝される中、誠に触れられる所が……火傷しそうに、熱い。 「……」 ゆっくりと離れていく、熱い唇。 その隙間を、潮風が吹き抜けていく。 離れたくなくて。誠のコートにそっと触れ、背伸びをして追い掛ける。 それに気付いた誠が驚き、照れたように唇を寄せ、僕を受け止めてくれた── ザザザ…、ザザザ…、 この先──誠さんとの仲を、反対される日が来るかもしれない。 もしかしたら、引き剥がされるかもしれない。 同性同士の繫がりは、繁殖という概念で考えれば異質なもので。理解されにくいものだから。 「誠さん……」 「はい」 「……もし、僕との仲を反対されて、別れる事になったとしたら…… 僕を嫌いになったと言って、突き放して下さい」 そう言って誠を見上げると、誠は寂しそうに微笑み返す。 「……僕の両親は、僕がゲイである事を理解し、受け止めてくれています。 勿論、双葉さんのご家族にも──例え時間が掛かったとしても、僕という人間を知って貰って……双葉さんとの仲を受け入れて頂けるよう、努力します」 「……」 「大丈夫。……双葉を、これ以上不安にさせたりしません」 数回瞬きをした後、少しだけ呼吸を乱した誠が、口の両端を持ち上げ、真っ直ぐな瞳を向ける。 「──好きです」 「……」 「ずっと、僕の傍にいて下さい」 誠の告白に、じん…と熱いものが込み上げる。 上手く声が出なくて。目を伏せ、こくんと小さく頷く。 と、伸ばされた誠の両腕に包み込まれ、僕の背中と頭の後ろに大きな手が当てられて。……優しく、柔らかく、誠の中に収められる。 ……トクン、トクン、トクン、トクン、 心地良い胸の鼓動。温もり。 誠の全てを感じ、次第に心が満たされていく…… 最初はただ、見ているだけで良かった。 いつもの席で、いつものコーヒーを飲む後ろ姿を、カウンター越しに眺めるだけで、その日一日が幸せな気分になれて。 ……それ以上は、望んでなかった。 でも、一緒に映画を観る事になってから……誠さんとの距離が近くなって。 その度に、惹かれていって…… いつも流されてばかりで、受け身だった僕が……気付けば一歩、また一歩と自分の力で前に踏み出せてた。 ここまで頑張れたのは──誠さんが、僕の心の中にいて、支えてくれたから…… そっと、誠の背中に腕を回す。 ……ありがとう、誠さん。 あの日、僕の涙を拭いてくれて。一緒に映画を観に行ってくれて。 僕の事、可愛いって言ってくれて。気持ちを伝えてくれて── 僕も、好きです。 誠さんが、好きです…… 僕を離さないで……ずっと傍に置いて下さい。 ──トントンッ 僕を包む腕が緩み、手のひらで僕の背中をノックされる。 それに反応して、顔を上げれば── 「……行きましょうか」 僕を甘やかす、大きくて優しい瞳。 穏やかな笑顔を真っ直ぐに向けられ、何だか急に恥ずかしくなって、俯く。 「………はい」 指を絡め、手を繋ぐ。 誠に寄り添って歩き出せば、風紋の残る砂浜に、二人の足跡が刻まれた。 《end》

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