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離れる 縋る 呼吸音
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微かに感じる潮風。
助手席から、窓に映る景色を眺めるけど、まだ海は見えなくて。
「……もうすぐですよ」
僕の様子に気付いた誠が、そう声を掛けてくれる。
早朝。約束の時間に誠が来てくれて。それからずっと、海までドライブ。
まだ眠いだろうからって言われたけど、隣で眠れる筈も無く。車から一緒に朝焼けを見たり、カーラジオから流れる曲を聴いたり。他愛のない話をしたり……
途中で寄ったサービスエリアでは、一緒に朝食を取ったり、お土産コーナーでご当地キャラクターのストラップを見たり。
海に着くまでの間も楽しくて。誠と過ごす時間の全てが、新鮮に感じた。
浜辺の近くにある駐車場に停める。
この時期だからか、閑散としていて。車から降りれば、遠くから波の音が聞こえた。
「……寒くないですか?」
時折吹き付ける風が、冷たい。
後部座席から取り出したコートを羽織った誠が、僕にマフラーを巻いてくれる。
ふわり、と誠のニオイがし、まるで抱き締められているような感じがして、ドキドキする。
「……でも、誠さんが……」
「僕の事なら、心配無用です」
「でも、──」
誠の手が、指先の冷えた僕の手を拾う。
重なる手のひら。……大きくて、温かい手。
「行きましょうか」
浜辺に降り、並んで歩く。
他には誰もいなくて。
この海も、波の音も、潮風も、砂浜も、……ここにある全てのものを、二人占めしてるみたい。
「……誠さん」
「はい」
「悠の事なんですが。……離れる事に、しました」
緊張から、少し乱れる呼吸音。
俯きながらそう話せば、誠の足が止まる。
「実は昨日、悠のお姉さんに会ったんです。……そこで、ハッキリ言われちゃいました。
悠の事を思うなら、もう構わないでって」
「……」
「それで、初めて気付いたんです。もう僕には、どうする事もできないんだって」
波音と潮風。
砂浜に出来た風紋に、視線を落とす。
「僕の気持ちは、誠さんにあるから。
そんな僕が悠の傍にいたら、余計に苦しませてしまうだけなんだって。
……だから悠の事は、大輝や悠のお姉さんに、任せる事にしました」
そう言い切った時、視界に誠の足が映る。
驚いて顔を上げれば、二の腕を掴まれ──
「……!」
グイッと引き寄せられ、誠の腕に包み込まれる。
──ドクン、ドクン、ドクン……
誠の心音が、聞こえる。
それは波の音よりも早く。強く。
そして、暖かく。
僕の心をゆっくりと解していく……
「……双葉」
声に反応し縋るように見上げれば、誠の熱い視線が絡む。
柔く瞼を閉じた誠が、視界いっぱいに広がり……僕もそっと、瞳を閉じる。
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