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現実 電話越しの声 屈託のない笑顔

: 「……ねぇ双葉くん。聞いてもいい? 悠の嫁に会って、何を話そうとしたの?」 伏せていた顔を上げる。 突然の質問に、直ぐに言葉が出てこない。 悠の現状──病気でない事や、薬の副作用の事。セカンドオピニオンを受けて減薬していく事などを、悠のご両親に伝えるつもりでいたから。 「もしかして、勢いで乗り込んで来ちゃった? ……ここにある赤いの。悠が付けたんでしょ」 「──え」 首を傾げた響子は、ニヤニヤしながら自身の首筋を指す。 羞恥で顔が熱くなり、慌ててそこを片手で隠せば、響子がじと目で僕を見る。 「………はい」 「わぁ、やっぱり?! 悠とよりを戻したのね!」 ぱぁっ、と花が咲いたような、明るくて屈託のない笑顔。 胸の前で両手を合わせ、自分の事の様に喜ぶ響子に、胸が痛む。 「………いえ、すみません。 僕には今、大切な人がいて……」 伏し目がちに白状すれば、響子から笑顔がスッと消えた。 「………そっか。 そうだよね。あれからもう、一年以上も経つんだもんね」 「………」 「……じゃあ、双葉くんにお願い!」 作り笑いを浮かべた響子は、紙ナプキンに置かれたストローを手に取ると、その先端を僕に向けて差す。 「隔離病棟に一年。──その間、悠の時間はずっと止まったまま。 まだ現実を受け止めきれずに、苦しんでいると思うの」 「……」 「……だから、もし悠の事を少しでも想ってくれるなら──もう、悠には構わないで」 あの日──和兄が僕を守ろうとしてくれたように、響子さんも悠を守ろうとした。 悠の為に、何か力になりたいと思っていても……それがかえって、悠を苦しめる事になってた。 心の整理をつけるには、僕がそうだったように、長い月日が必要で。 ……僕が唯一できる事といえば、悠との関わりを、断つ事── 目を閉じれば……楽しかった頃の悠が、瞼の裏に映し出される。 屈託のない笑顔。憂いを帯びた瞳。愛しい八重歯── まるでショートフィルムを見ているかのように、様々な表情を見せる悠が、次々と浮かんでは消える。 お互い、嫌いになった訳じゃない。 ただ少し、運命の歯車が噛み合わなくなってしまっただけ…… ブブブブ…… 床に転がった携帯が震えながら動く。 光る画面に表示されたのは『誠さん』の文字。 「………」 動きが止まり、液晶のバックライトが消える。 薄暗い部屋の隅。 膝を抱えたまま顔を伏せる。 『悠の事は、こっちで何とかするからさ。双葉は渡瀬と、イチャイチャしてなさい』 暗闇の中に浮かび上がった大輝が、トンッ、と僕の背中を優しく押す。 手を、携帯へと伸ばす。 拾い上げて留守電を再生し、そっと耳に当てた。 「……もしもし、双葉さん。 明日の件ですが……朝4時に、お迎えに伺いますね」 誠の、穏やかで優しい声。 その声が、僕の心に浸透した。

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