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家事 伝説 一億円
自販機で適当に選んだホット缶を抱え、急いで戻る。
「……だったら何で、その時双葉に話さなかったんだ!」
大輝の荒げた声。
こんな大輝は初めてで。咄嗟に物陰へと身を隠す。そこから二人の様子を伺えば、梅木の下にあるベンチに、此方を背にして腰を下ろしていた。
「それが、最後のチャンスだったんじゃないの?」
「──そうだよ! だから必死で抜け出して、双葉に会いに行ったんじゃねーか!」
「……」
「……でもあの日、アパートに双葉は居なくて。……出てきたのは、和也 さんだったんだ……」
……え、和兄 が……?
あの日……あの日って──
「──!」
胸奥を、深く抉られる。
三つ年上の兄は、僕が未遂するまでずっと、うちに寄り付く事はなかった。
──ただ、あの日を除いて。
『宝くじで一億円を二度当てた、レジェンド登場!』──年末の大掃除を終え、テレビを付けた途端、そんなテロップが目に飛び込んだ。
買わない僕には関係ないな……なんて思いながら、チャンネルを音楽番組に変える。と、突然チャイムが鳴った。
「茶なんかいいから、ここ座れ」
ダッフルコートにマフラー姿の、背の低い兄が、堅い表情のまま命令する。その言葉に従い、兄の相向かいに座った。
畏 まった雰囲気に、何だか落ち着かない。
「これが家に届いた」
スッとテーブルに置かれたのは、華やかな封筒。それを拾い上げ、裏面を返す。
「……え……」
そこに書かれていたのは、悠と知らない女性の連名。
脳が拒否する間もなく、頭の中が真っ白になる。
「ソイツ、お前の恋人だろ?」
ひた隠してきた事実を、真っ向から突き付けられる。
「……」
「知ってるよ、前から。隠れてキスしてる所を、何度か目撃してるしな」
和兄が、はぁ…と深い溜め息をつく。
「俺の弟が、人の道から外れた事にショックを受けたよ。今でも正直、受け入れきれていない。
……お前は流され易い所があるから、アイツに騙されてるんじゃないかとも思ったしな」
「……」
「だけど、……言われたんだ。──『俺は、本気で双葉を愛してる。誰に何を言われても、例え反対されたとしても、絶対に双葉の手を離さない。……俺が幸せにする。一生守る』ってな」
「……」
……悠……
「軽々しく『愛してる』なんて……若気の至りだとしか思えなかったが。
そこまで双葉を想うなら、……俺だけでも、味方になってやろうと思い直していた所だったんだ。
……だが、その結果がこれだ」
眉間に深い皺を刻み、静かに感情を露にする。
「……双葉、これが現実だ」
手にしていた封筒に目を落とす。
結婚式の招待状──そこに、数滴零れた涙の跡が滲む。
……悠、どうして……
どうしてそんな事を言っておきながら……僕を……
じりじりと痺れる指先。
胸の奥に残るしこり──
ハァ、ハァ、ハァ、……!
「……和、にぃ……苦し……」
突然襲い掛かる、過呼吸。
苦しくて苦しくて……息の仕方が解らない。
胸を抑え、身体を小さく丸める。その背中を、傍に寄り添った兄の手が、懸命に擦ってくれた。
ピンポーン……
突然鳴り響く、チャイム。
「……俺が出るよ」
あの時、暫くして戻ってきた兄は『しつこい勧誘だった』と吐き捨てていたけど……
あれは──悠、だったんだ……
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