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第1話
気持ちを伝えるのが下手で、だけど大好きな歌なら自分の素直な想いを伝えられるんじゃないかと思い至り、いつしか俺は将来歌手 になりたいと思うようになった。
素人同然だったが、自分で歌詞を書いて曲を作ったりなんかしてるとすごく楽しくて、すぐに夢中になった。
一人暮らしをはじめた大学一年目の夏休みに初めて路上で一人、街を行き交う人たちの前で歌ってみた。
ほとんどの人は蝉の声は聞こえても、俺の声なんて聞こえないかのように通り過ぎていったけど、それでも何人かは立ち止まって耳を傾けてくれた。
それが嬉しくて、夜になるたびに一人街に繰り出しては声を張り上げた。
この声が誰かに届きますように。
自分の言葉が誰かの心に響きますように。
自分はここにいるんだと気付いてくれますようにと、そんな願いを込めて。
でも、投稿サイトに動画をアップしても閲覧数は伸びず、路上で歌っていても正直これといった手応えはあまり感じられなかった。
だから、彼に声をかけられた時はびっくりした。
「お前、いい声してるよな」
いつの間にそこにいたのか全く気がつかなかったが、俺の目の前にしゃがみ込んでいる一人の青年がいた。
年の頃は自分とそう変わらなさそうだが、自分とは正反対の雰囲気を持つ男だった。
一度も染めたことの無い真っ黒の髪の自分からは考えられないほど派手な金色の髪をしていて、耳にはいくつものピアスが街灯の光を反射して光っていた。背中には、これまた目立つ真っ赤なギターケース。
「ここ通るたびにお前の歌聞いてたんだけど、聞けば聞くほどいい声してんなってずっと気になってたんだよなぁ。でも、そのギターの腕前 は最悪だけどな?」
第一印象は最悪だった。
それでも自分の歌声を褒められたのは素直に嬉しくて、小声で『どうも。でも一言余計ですよ』とだけ返した。
その日はそれきり会話らしい会話はなく、用事がないならどこかへ行ってくれと思ってたのに、そいつは連日俺の前に現れ、最後の曲を歌い終わるまでずっとそこにいた。
確たる目的があっての行動だった。
「お前いつから歌ってんの?」
「今年の春、大学に入ってから。路上で歌ったのはこの夏が初めてですけど」
「へぇ、じゃあお前俺より一個下か。俺はさ、高校からダチと3人でバンドやってんだけど、ちょっと前にボーカルが辞めちまってさ。今、ボーカル探しの真っ最中なんだわ。で、お前を勧誘したいんだけど、どう?」
素性など何も知らない男に勧誘され、俺は面食らったのを今でもよく覚えている。人見知りの自分からは考えられないほど積極的で、不躾な男だ。
「なんで俺なんですか?俺なんか誘わなくても他にもいっぱいいるでしょ?」
「まぁ、な。知り合いに声かけりゃそれなりに集まりはするだろうけど、俺の好みの声じゃないと意味ないだろ?それに……」
「それに?」
不自然な間につられて先を促した俺に、そいつはニヤリと笑った。
「それにお前、1人で寂しそうだったからな。歌聞いてりゃわかる。俺も1人は嫌いなんだよ。楽しくねぇだろ、1人って。楽しい事は誰かと共有してこそだろ?つーわけで、俺とバンドやろうぜ!」
「……」
バンドに勧誘をされたことより、寂しそうだったというその一言が俺の心に突き刺さった。
寂しそうだった。
そりゃそうだろう。
エリート思考の両親は、出来損ないの次男には見向きもせずに出来のいい兄だけを溺愛し、愛情らしいものは与えられずに育った。
生活費や学費などは十分に工面してくれたけど、どこで何をしていようが御構い無しだ。
社交性に富んでいるとは言い難い性格のおかげで、友人はいても形だけ。心から何かを語れる相手なんていやしない。
だから心にはいつも孤独が付きまとい、寂しいという感情は蔓延していた。
それをほとんど面識もない相手に見抜かれて驚くなという方が無理だ。
「俺と組めば、少なくとも寂しいなんざ言わせねぇ自信があるんだけどな。ついでに、退屈なんてさせない自信も」
「なんなんですか、その根拠のない自信は。説得力のかけらもないんですけど」
あまりに自信満々に言われ、思わず笑ってしまった俺に男は笑みを深めた。
根拠のない自信と力強い光を宿した目が柔らかく俺を見つめていた。
「疑うなら、証明してやるよ。だからさ、取り敢えず俺とバンドやろうぜ?」
言われた言葉と、差し出された手はどこまでも真っ直ぐで、俺は気がついた時にはその手を取っていた。
「ところでお前、名前は?」
「え?」
「俺ら自己紹介まだだろ?お前の名前は?」
「ああ、そうでしたね、俺は葛原 久弥 っていいます」
「俺は櫻井 蓮 だ。呼び捨てでいいぜ?俺もそうするし。あと敬語もナシな?他人行儀すぎるからな。ってことで、これから宜しく頼むな久弥」
「こちらこそ、よろしく」
なんだか奇妙な勧誘に引っかかったなと思わないでもないその出会いは、俺の人生を変えた。
蓮が高校時代から組んでいたバンドの一員として迎えられ、3人での活動が始まった。
だが一年も経たないうちに、ベースを担当していた蓮の友人が抜け、結局2人で活動することになった。
2人きりになり、もう潮時かもしれないと思わなくもなかったが、俺たちは自分らしさを求めその後も歌い続けた。
蓮といると楽しかったし深く考える暇もなかったというのも理由の一つだろう。
一人暮らしのアパートに蓮が転がり込んできてから自然と2人でいる時間が増え、互いのいいところも悪いところも許しあえるような近しい間柄になり、月日が経過すると共に互いの関係が少しずつ変わり始めた頃ーーー俺たちはスカウトという形でデビューすることになった。
「久弥、俺らこっからだな。2人で最高の曲どんどん生み出して、誰よりも最高の音楽家 目指そうな」
「うん。プロの世界でどこまで通用するかわかんないけど、俺も蓮と一緒なら不思議とできる気がする」
「気がするじゃねぇ、やるんだよ2人で。路上じゃなくて、今度はドームを観客でいっぱいにしてやろうぜ。お前の声と、俺の演奏で世界を魅了してやる」
そう言いながらまだ見ぬ世界に想いを馳せて俺たちは笑い合い、キスをしてーーーセックスをした。
その時は本気で嬉しかった。
自分が存在する意味を初めて実感した瞬間でもあったし、2人で積み重ねてきたことは意味があったと純粋に喜んだ。
でも、そこからだ。
少しずつ少しずつ、俺の中の歯車が狂い出したのは。
俺は歌うことが楽しかったけど、それは蓮がそばにいたからだと途中から気がついていた。
蓮が俺の存在を見つけ出し、俺に可能性を与え、俺を力強く導いてくれたから今の自分がある、そう思っていた。
いつのまにか自分の世界の中心は蓮になり、歌う意義すら彼に求めた。
それが、いけなかったんだろうなと今ならわかるのに、それに気がついた時にはもう手遅れで。
俺はある日突然、声を失ったーーー。
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